初恋の再会は金木犀の香り
「修一君」

 部屋に入ると、修一がそっと後ろから抱き締めてきた。

「自分がどうにかなりそうなぐらい碧が愛しい」

 耳元で囁かれる言葉。碧は頬を薔薇色に染めた。

 こんなことを言われたのは初めてだった。そればかりか、男に抱き締められたこともなかった。

 碧の家は官舎ということもあり、両親が周囲の目を気にして門限が厳しかったのだ。大学生になっても厳しさが弛むことはなく、その結果、交際しても長続きはしなかった。

「そんなに恥ずかしい? 耳まで真っ赤に染まってる」
「……そんなふうに言われたことがなくて」
「ホントに?」

 コクリと頷く。恥ずかしくて言葉が出なかった。

「もしかして、僕が初めて?」

 もう一度頷く。照れて固まっている碧を、修一が抱き上げた。

「あっ」

 すぐに下ろされる。碧はベッドに横たわり、覆い被さる修一の秀麗な顔を見つめるばかりだ。

「碧は本当に僕を幸せな気持ちにしてくれる。最初を与えてもらえるなんて光栄だ」
「修一君」

 そっと唇が触れた。

「ん……」

 唇が離れると二人は見つめ合った。まなざしが想いを伝える。言葉など交わさなくても互いの心を感じることできた。

「あの」
「なに?」

 修一の大きな手が碧の首筋に触れている。今度は甲でそっと頬に触れ、ゆっくりと撫でた。

「男の人は、その、バージンって、重くないの?」
「どうして?」
「その、そんなふうな話を聞いたことが……テレビとか、その、二十五でバージンは、遅いというか、あの」

 修一の顔は変わらず穏やかで、優しい笑みが浮かんでいる。

「そういう男もいるだろうけど、僕は嬉しいよ。好きな人が誰にも触れられていないって。それに僕以外知らなければ、誰かと比べられることもないだろ?」
「…………」
「唇も、肌も、敏感な部分も、僕以外知らないって思うと、嬉しくて仕方がない」
「あっ」

 頬を撫でていた手がいつの間にかブラウスのボタンをはずしにかかっている。なにがなんだかわからないうちに、碧はベッドに横たわっていた。

「反応、かわいい」
「修一君」
「僕を感じていたらいい。緊張しないで」

 碧は目を閉じた。修一にすべて任せたらいい。そう思って修一のリードに身を委ねた。そして初めて経験する享楽に酔いながら、碧は大波に飲まれていった。

 それからどれくらいが過ぎたのだろう。

「碧」

 名前を呼ばれて意識のピントが合い、目を開けると修一が映った。

「大丈夫? つらくない?」
「…………」
「碧?」

 心配そうな顔。それが胸の奥にしみ込んでくる。

(私、初恋の人と結ばれてしまった……)

 にわかに信じられないが、事実だ。
 体の至る所、いや、女の部分がそれを伝えてくる。
 じんわりと、じんわりと、喜びが広がっていく。
 碧は修一の体温を感じながら、幸せを噛みしめたのだった。

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