初恋の再会は金木犀の香り
碧は目を見開き、息を飲みつつ反論した。
「なによ、それ。どういう意味?」
刹那、修一がバンとローテーブルを叩いた。
「交際している相手がいるっていうじゃないか! 君だって立派な二股だろ!」
「二、股? えっ?」
「どういうつもりだ。交際相手と天秤にかけて、歩のいいほうを選ぼうというつもりだったのか? それとも上手くいかなさそうになって、僕に乗り換えようとしたのか」
碧は混乱した。
修一が言っている意味がわからなかった。だが修一は本気で怒っているようで、碧はなにも言い返せずにいた。
「とんだ茶番だ。いや、君と再会して有頂天になって、それを理由に縁談を断ろうとした僕への天罰かもしれない。だけど互いに騙しあったんだから、お咎めなしでいいだろう? これからは正しく上司と部下だ。それで円満解決といこうじゃないか」
「待って、二股って、意味がわからないわ。どうして私が二股しているなんて思ったの?」
「この期に及んで、まだそんなことを」
「だって、本当だもの! 私が経験のないこと、誰よりも修一君が知っているはずだわ」
修一がぐっと声を詰まらせた。碧の言葉は修一を少しばかり冷静にさせた。
「どうしてそう思ったのか、教えてっ、お願い!」
修一が深く息を吸って吐き出し、弛緩したように肩の力を抜いた。
「今朝、飯田部長が父の様態を聞きに来た。その際に碧の話も出た。働きぶりを尋ねられたんだ。彼、碧のことを真面目で模範的な社員だと高く評価していて……その延長で、交際している人がいるようだけれど、結婚しても引き続き働いてほしいって言って」
「…………」
「最初、僕のことを言われているのかと思ったけど、そうじゃないとわかった」
「それは」
「いいんだ、もう。自分に都合よく運ぼうとしたから罰が当たったんだろう。和美さんの件は根気よく謝って理解を得られるように努力する。碧のこともあきらめる。つきあっている男と仲良くやってくれ」
「待って! 話を聞いてっ!」
碧は修一の腕を取り、渾身の力で叫んだ。その迫力に修一が驚いて息を飲んだ。
「やっとわかった。それ、誤解なの。飯田部長に追及されて思わず嘘を」
その時、ブーンというバイブ音が響いた。修一が胸を押さえ、胸ポケットからスマートフォンを取り出す。
「母だ。ごめん、ちょっと待って」
碧に断り、電話に出る。刹那に修一の表情が変わった。スマートフォンを耳に当てながら、弾かれたように立ち上がった。
「わかった、すぐに行く!」
切ると碧に顔を向け、叫ぶように言った。
「父の意識が戻ったそうだ。今から病院に行く。悪いけど、午後のスケジュールを調整しておいてくれっ」
「あっ、はい!」
修一は碧の返事も聞かず社長室を飛び出していった。
碧は社長室の扉を見つめつつ、力なくソファに沈み込んだ。焦ってついた嘘が大きな誤解を生み、修一の機嫌を損ねてしまったことがショックだった。さらに交際を求められ、体の関係にまでなった修一が婚約していたことも衝撃だ。
(修一君……)
腹は立つ。確かに腹は立った。しかしながらその怒りがなにに対してなのか、よくわからない。デートの日、午前中に用事があると言い、車の中で沈んだ様子だったのは、そういうことかと思った。尾崎の家に行ってから碧と合流したのだ。
怒りは失望に変わり始め、碧の瞳から涙が溢れて流れた。
「なによ、それ。どういう意味?」
刹那、修一がバンとローテーブルを叩いた。
「交際している相手がいるっていうじゃないか! 君だって立派な二股だろ!」
「二、股? えっ?」
「どういうつもりだ。交際相手と天秤にかけて、歩のいいほうを選ぼうというつもりだったのか? それとも上手くいかなさそうになって、僕に乗り換えようとしたのか」
碧は混乱した。
修一が言っている意味がわからなかった。だが修一は本気で怒っているようで、碧はなにも言い返せずにいた。
「とんだ茶番だ。いや、君と再会して有頂天になって、それを理由に縁談を断ろうとした僕への天罰かもしれない。だけど互いに騙しあったんだから、お咎めなしでいいだろう? これからは正しく上司と部下だ。それで円満解決といこうじゃないか」
「待って、二股って、意味がわからないわ。どうして私が二股しているなんて思ったの?」
「この期に及んで、まだそんなことを」
「だって、本当だもの! 私が経験のないこと、誰よりも修一君が知っているはずだわ」
修一がぐっと声を詰まらせた。碧の言葉は修一を少しばかり冷静にさせた。
「どうしてそう思ったのか、教えてっ、お願い!」
修一が深く息を吸って吐き出し、弛緩したように肩の力を抜いた。
「今朝、飯田部長が父の様態を聞きに来た。その際に碧の話も出た。働きぶりを尋ねられたんだ。彼、碧のことを真面目で模範的な社員だと高く評価していて……その延長で、交際している人がいるようだけれど、結婚しても引き続き働いてほしいって言って」
「…………」
「最初、僕のことを言われているのかと思ったけど、そうじゃないとわかった」
「それは」
「いいんだ、もう。自分に都合よく運ぼうとしたから罰が当たったんだろう。和美さんの件は根気よく謝って理解を得られるように努力する。碧のこともあきらめる。つきあっている男と仲良くやってくれ」
「待って! 話を聞いてっ!」
碧は修一の腕を取り、渾身の力で叫んだ。その迫力に修一が驚いて息を飲んだ。
「やっとわかった。それ、誤解なの。飯田部長に追及されて思わず嘘を」
その時、ブーンというバイブ音が響いた。修一が胸を押さえ、胸ポケットからスマートフォンを取り出す。
「母だ。ごめん、ちょっと待って」
碧に断り、電話に出る。刹那に修一の表情が変わった。スマートフォンを耳に当てながら、弾かれたように立ち上がった。
「わかった、すぐに行く!」
切ると碧に顔を向け、叫ぶように言った。
「父の意識が戻ったそうだ。今から病院に行く。悪いけど、午後のスケジュールを調整しておいてくれっ」
「あっ、はい!」
修一は碧の返事も聞かず社長室を飛び出していった。
碧は社長室の扉を見つめつつ、力なくソファに沈み込んだ。焦ってついた嘘が大きな誤解を生み、修一の機嫌を損ねてしまったことがショックだった。さらに交際を求められ、体の関係にまでなった修一が婚約していたことも衝撃だ。
(修一君……)
腹は立つ。確かに腹は立った。しかしながらその怒りがなにに対してなのか、よくわからない。デートの日、午前中に用事があると言い、車の中で沈んだ様子だったのは、そういうことかと思った。尾崎の家に行ってから碧と合流したのだ。
怒りは失望に変わり始め、碧の瞳から涙が溢れて流れた。