初恋の再会は金木犀の香り
その後、今回のことを部員に説明され、碧は荷物を持って社長室に移動となった。すでに机が用意されている。慌ただしく整理をすると、さっそく修一が話しかけてきた。
「仕事の前にいきなりで申し訳ないんだけど」
「はい」
心臓がトクトクと躍り始める。体中が熱くなるのを感じる。ただこちらを見て話しかけられているだけなのに、碧はあの時のような気持ちになった。
(あの時……告白しようと)
「そんなに緊張しなくていいよ。僕は父のように怒鳴ったりしないから」
「……え?」
修一がますます穏やかに微笑む。碧は本当に彼が上品な男なのだと思った。あの頃感じたように。
「僕の父、ワンマンだから怖かったんじゃない?」
「そんなことは……」
「社員のことは大事にしていたと思うよ。家でも人材が命だって話していたから。でもさ、なんでも自分が納得しないと気が済まなくて、平気で人を怒鳴りつけたからね。病気は罰が当たったんだと思うよ」
「そんなことないです!」
「そうだよ。経営者としては尊敬するけど、人間としてどうかな。あ、いや、こんな話をしたかったんじゃないんだ。久保田さん、今夜、あいてる?」
碧は突然の言葉に驚いた。
「え、えぇ……はい」
「なら今後の親睦も含めて食事にいかない? 歓迎会、みたいな感じ」
「かまいませんけど……」
「じゃあ、決まりだね。僕は夕方外出だから現地集合。六時にここで」
紙を渡され、碧はそれを見つめた。店の名刺だ。
(『地中海料理 La Festa Floreale』……地中海料理のお店か。でも矢島君と二人で食事なんて、どうしよう。緊張してまともに受け答えできなかったりして)
碧の机は修一の机から少し離れた場所だった。
パソコンに向かっていたが、どうしても視線は修一を追ってしまう。心臓も高鳴りっぱなしだ。
こんなことではいつミスをするかわからない。そうなれば秘書役失格だ。
(矢島君が仕事をやりやすいように気を引き締めないと!)
碧は思念に囚われていたが、ふと重要なことに気がついた。
(矢島君のこと、矢島君なんて言っているけど、気をつけないとポロッと出ちゃうわ。そんなことになったら大変! 矢島社長って常に呼ぶようにしよう。うん、危険危険)
目をパチパチさせながら考えていると、横から小さな笑い声が聞こえてきた。
(……え?)
修一がこちらを見て笑っている。
「あ、あの?」
「さっきから百面相でおかしくってさ」
「…………」
「僕の傍では働き難い?」
「いえ! そんなことないですっ。ちょ、ちょっと緊張しているぐらいで」
「そう?」
優しい笑顔。碧はポウッとなって見つめた。その時、昼を示すメロディが鳴った。
「お昼だね。お疲れさま」
「はっ、はい。では、失礼しますっ」
丁寧に礼をすると逃げるように社長室を後にしたのだった。
「仕事の前にいきなりで申し訳ないんだけど」
「はい」
心臓がトクトクと躍り始める。体中が熱くなるのを感じる。ただこちらを見て話しかけられているだけなのに、碧はあの時のような気持ちになった。
(あの時……告白しようと)
「そんなに緊張しなくていいよ。僕は父のように怒鳴ったりしないから」
「……え?」
修一がますます穏やかに微笑む。碧は本当に彼が上品な男なのだと思った。あの頃感じたように。
「僕の父、ワンマンだから怖かったんじゃない?」
「そんなことは……」
「社員のことは大事にしていたと思うよ。家でも人材が命だって話していたから。でもさ、なんでも自分が納得しないと気が済まなくて、平気で人を怒鳴りつけたからね。病気は罰が当たったんだと思うよ」
「そんなことないです!」
「そうだよ。経営者としては尊敬するけど、人間としてどうかな。あ、いや、こんな話をしたかったんじゃないんだ。久保田さん、今夜、あいてる?」
碧は突然の言葉に驚いた。
「え、えぇ……はい」
「なら今後の親睦も含めて食事にいかない? 歓迎会、みたいな感じ」
「かまいませんけど……」
「じゃあ、決まりだね。僕は夕方外出だから現地集合。六時にここで」
紙を渡され、碧はそれを見つめた。店の名刺だ。
(『地中海料理 La Festa Floreale』……地中海料理のお店か。でも矢島君と二人で食事なんて、どうしよう。緊張してまともに受け答えできなかったりして)
碧の机は修一の机から少し離れた場所だった。
パソコンに向かっていたが、どうしても視線は修一を追ってしまう。心臓も高鳴りっぱなしだ。
こんなことではいつミスをするかわからない。そうなれば秘書役失格だ。
(矢島君が仕事をやりやすいように気を引き締めないと!)
碧は思念に囚われていたが、ふと重要なことに気がついた。
(矢島君のこと、矢島君なんて言っているけど、気をつけないとポロッと出ちゃうわ。そんなことになったら大変! 矢島社長って常に呼ぶようにしよう。うん、危険危険)
目をパチパチさせながら考えていると、横から小さな笑い声が聞こえてきた。
(……え?)
修一がこちらを見て笑っている。
「あ、あの?」
「さっきから百面相でおかしくってさ」
「…………」
「僕の傍では働き難い?」
「いえ! そんなことないですっ。ちょ、ちょっと緊張しているぐらいで」
「そう?」
優しい笑顔。碧はポウッとなって見つめた。その時、昼を示すメロディが鳴った。
「お昼だね。お疲れさま」
「はっ、はい。では、失礼しますっ」
丁寧に礼をすると逃げるように社長室を後にしたのだった。