初恋の再会は金木犀の香り
ネットで調べて場所をプリントアウトしていたこともあり、現地には迷わず行けた。
掲げられている看板も確認した。碧は店の前に所狭しと活けられている金木犀に見入っていた。
(すごい量……金木犀って地面に生えて茂っている木だって思っていたから、こんなふうに活けられていると別物みたいに思える。でもすごく綺麗。それに香り……)
目を閉じてクンクンと薫っていると、後ろから修一に呼ばれた。
ビクッと体が跳ね、気持ちを落ち着かせてから振り返る。
「ごめんね、待たせたかな?」
「いいえ、私も今来たところです」
「そうか、ならよかった。この店だから。どうぞ」
修一はドアを開けて碧に入るよう促した。
「うわぁ、素敵」
店内にもカスミソウとともに金木犀が活けられ、甘い香りがほんのり漂っている。オレンジと白のコントラストが美しい。
二十人も入れば満席になりそうな広さの店は細長い造りで、天井と壁の上部三分の一ぐらいはスカイブルー、残り三分の二が白、床は落ち着いたブラウンをしている。
地中海地方の海と空をイメージしているのだろう。美しい海や島の写真が花とともに飾られ、ガラス張りの壁の向こうはワインセラーだった。
数もさることながら、エチケットが魅力的なワインが見えやすいところに飾ってあり、特に目を引く。さらに有名どころのワインも多くあった。
店員に案内されて席につくと修一が好みを聞いてきた。
「飲み物はどうする? もしよければ、最初からだけど、ワインにしない? 見ての通り、ここはワインの品ぞろえが豊富で、しかもリーズナブルなんだ」
「そうですね、すごくたくさんあって……」
同意しながらセラーに顔を向けた碧は、一本のワインに視線を取られた。
「このワイン」
「ん? カロン・セギュール? 久保田さん、カロンが好きなの?」
「いいえ、テレビで見たことがあると思って」
修一は笑った。笑顔が爽やかだ。
「有名だからね。エチケットがハートマークだから、『恋人たちのワイン』とか『愛を伝えるワイン』って言われて、世界中で愛されている。シャトー所有者のセギュール侯がラトュールやラフィット・ロートシルトよりカロンがいいって言ったからなんだけど、今では結婚式、バレンタイン、愛の告白、そんなシーンで選ばれる、まさしく『愛の証』ってワインだよ」
いきなりのうんちくに碧が驚いて目を丸くした。
「詳しいのですね」
「大学時代の友人の中に一家全員ワイン愛好家ってのがいてね。そこでさんざん聞かされたんだ」
「そうなんですか」
「じゃあ、このワインにしよう。すみません、カロン・セギュールを。料理はワインに合わせてお勧めをお願いします」
店員は微笑んで下がっていった。
「この店、前の会社の同期が教えてくれたんだ。彼の姉が園芸ライターでさ、姉から教わったって」
「園芸ライター? そんな職業があるのですか?」
「僕も聞いた時、同じことを思ったよ。いろんな職業があるもんだね。いい店だろ? 特に女性には人気みたいだ。雑誌とかグルメ本の紹介などは基本断っているそうでね。予約をしないと入れないってことはないけど、するにこしたことはない。だから久保田さんも、是非、利用してね」
「はい」
間もなく料理とワインが運ばれてきた。
「カロン・セギュールの三年物です。前菜はサーモンのマリネと三種豆のサラダです」
「わぁ、綺麗」
赤、緑、白、色とりどりの豆が並べられている。そこに大きくカットされた鮮やかな色合いのサーモン。サーモンの上にはケッパーが飾られていて、見るだけで食欲が湧いてくる。
「ところで」
修一が店員に顔を向けた。
「飾る花って単一だったと記憶しているんですが、違ったのですね」
「金木犀ですか? えぇ、おっしゃる通り、基本は一種類なんですけど、香りの強いものはボリュームを減らしているんです。お料理やワインの香りを消してしまうので。ですが、カスミソウとのコントラストも素敵でしょ?」
「なるほど、香りね。いえ、確かに綺麗です。香りも程良いし」
店員が下がると、修一が話の説明を始めた。
「ここ、季節の花を月単位で飾るんだ。前回来た時は八月だったから、小ぶりの向日葵だった。その前は紫陽花だったかな。色違いを含めて、一種類の花を店一杯に飾るものだから、今日の二種類の花に少し驚いたってわけ」
「へぇ」
「確かに金木犀の香りは強いから、いつも通り飾ると料理を楽しむ前に酔いそうだ。ワインの香りも飛ぶだろうし」
修一がワイングラスを持ち上げた。碧も慌てて手にする。
「これからお世話になるけど、よろしくね」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
グラスを合わせると、チンと高くて綺麗な音が響いた。
掲げられている看板も確認した。碧は店の前に所狭しと活けられている金木犀に見入っていた。
(すごい量……金木犀って地面に生えて茂っている木だって思っていたから、こんなふうに活けられていると別物みたいに思える。でもすごく綺麗。それに香り……)
目を閉じてクンクンと薫っていると、後ろから修一に呼ばれた。
ビクッと体が跳ね、気持ちを落ち着かせてから振り返る。
「ごめんね、待たせたかな?」
「いいえ、私も今来たところです」
「そうか、ならよかった。この店だから。どうぞ」
修一はドアを開けて碧に入るよう促した。
「うわぁ、素敵」
店内にもカスミソウとともに金木犀が活けられ、甘い香りがほんのり漂っている。オレンジと白のコントラストが美しい。
二十人も入れば満席になりそうな広さの店は細長い造りで、天井と壁の上部三分の一ぐらいはスカイブルー、残り三分の二が白、床は落ち着いたブラウンをしている。
地中海地方の海と空をイメージしているのだろう。美しい海や島の写真が花とともに飾られ、ガラス張りの壁の向こうはワインセラーだった。
数もさることながら、エチケットが魅力的なワインが見えやすいところに飾ってあり、特に目を引く。さらに有名どころのワインも多くあった。
店員に案内されて席につくと修一が好みを聞いてきた。
「飲み物はどうする? もしよければ、最初からだけど、ワインにしない? 見ての通り、ここはワインの品ぞろえが豊富で、しかもリーズナブルなんだ」
「そうですね、すごくたくさんあって……」
同意しながらセラーに顔を向けた碧は、一本のワインに視線を取られた。
「このワイン」
「ん? カロン・セギュール? 久保田さん、カロンが好きなの?」
「いいえ、テレビで見たことがあると思って」
修一は笑った。笑顔が爽やかだ。
「有名だからね。エチケットがハートマークだから、『恋人たちのワイン』とか『愛を伝えるワイン』って言われて、世界中で愛されている。シャトー所有者のセギュール侯がラトュールやラフィット・ロートシルトよりカロンがいいって言ったからなんだけど、今では結婚式、バレンタイン、愛の告白、そんなシーンで選ばれる、まさしく『愛の証』ってワインだよ」
いきなりのうんちくに碧が驚いて目を丸くした。
「詳しいのですね」
「大学時代の友人の中に一家全員ワイン愛好家ってのがいてね。そこでさんざん聞かされたんだ」
「そうなんですか」
「じゃあ、このワインにしよう。すみません、カロン・セギュールを。料理はワインに合わせてお勧めをお願いします」
店員は微笑んで下がっていった。
「この店、前の会社の同期が教えてくれたんだ。彼の姉が園芸ライターでさ、姉から教わったって」
「園芸ライター? そんな職業があるのですか?」
「僕も聞いた時、同じことを思ったよ。いろんな職業があるもんだね。いい店だろ? 特に女性には人気みたいだ。雑誌とかグルメ本の紹介などは基本断っているそうでね。予約をしないと入れないってことはないけど、するにこしたことはない。だから久保田さんも、是非、利用してね」
「はい」
間もなく料理とワインが運ばれてきた。
「カロン・セギュールの三年物です。前菜はサーモンのマリネと三種豆のサラダです」
「わぁ、綺麗」
赤、緑、白、色とりどりの豆が並べられている。そこに大きくカットされた鮮やかな色合いのサーモン。サーモンの上にはケッパーが飾られていて、見るだけで食欲が湧いてくる。
「ところで」
修一が店員に顔を向けた。
「飾る花って単一だったと記憶しているんですが、違ったのですね」
「金木犀ですか? えぇ、おっしゃる通り、基本は一種類なんですけど、香りの強いものはボリュームを減らしているんです。お料理やワインの香りを消してしまうので。ですが、カスミソウとのコントラストも素敵でしょ?」
「なるほど、香りね。いえ、確かに綺麗です。香りも程良いし」
店員が下がると、修一が話の説明を始めた。
「ここ、季節の花を月単位で飾るんだ。前回来た時は八月だったから、小ぶりの向日葵だった。その前は紫陽花だったかな。色違いを含めて、一種類の花を店一杯に飾るものだから、今日の二種類の花に少し驚いたってわけ」
「へぇ」
「確かに金木犀の香りは強いから、いつも通り飾ると料理を楽しむ前に酔いそうだ。ワインの香りも飛ぶだろうし」
修一がワイングラスを持ち上げた。碧も慌てて手にする。
「これからお世話になるけど、よろしくね」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
グラスを合わせると、チンと高くて綺麗な音が響いた。