片思いの相手に偽装彼女を頼まれまして
「そろそろ帰ろうか。私のアパートここから距離があるの」

「なら俺の部屋に来たらいい」

 掴まれた腕を離せないでいると、更に囚われるような言葉を言われた。

「誠、酔ってる?」

「酔ってなんかない」

「今何を言ったか分かってる? それとも1日限りって割り切ってるの?」

 流石の私も異性の部屋に向う意味は誤魔化せない。この状況下でそういう対象として見られても複雑だ。

「……こんな事を言って見損なったよな」

「と言うより危なっかしい。他の人にも言ってる?」

「言う訳ないだろ、茜だけ。茜だから誘ったんだって。これもリップサービスじゃない」

 誠の手は熱かった。私達を包む緊迫感はカチコチと時を刻む音ですら敏感になる。身体がひりつき、ジンジン痺れた。

 今夜を見送れば、誠の部屋に行く機会はないだろう。明日にはただの同僚だ。
 仮に付いて行って肌を重ねる展開になったとしても、明日は同僚として接する。

 いずれにしろ、同僚に戻るのならばーー迷っている時間も多くはない。

「コンビニに寄ってもいい? 歯ブラシとか買いたいな」

 未来を巡らせた結果、実に私らしい遠回しな答えの伝え方をした。
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