片思いの相手に偽装彼女を頼まれまして
 涙が滲み、唇を噛んで耐える。涙をこぼさない分、心の中が情けなさで一杯になっていく。
 人間関係において中途半端な立ち位置をとってばかり。嫌われたくないという臆病が先行し、はっきり意見が言えない。誠に好きと伝えて振られてしまうくらいなら、伝えない方を選ぶ。

 温め過ぎた恋心は強固な殻で守られ、破れなくなっている。

「……着替えよっか。送ってく。飲んでるからタクシーだけど」

「あっ、そんな悪いから」

「アパートまで付いて行かない、安心しろ。タクシーを拾えるまで付き合うよ。さぁ、準備しよう。着替えるんだったら俺は廊下に出てる」

 誠の声音は諦めたように落ち着き、確かに私を責めはしなかった。

「ご、ごめん。ごめんね? 彼女の振りはするよ。信じて?」

「はは、疑ってない。茜は優しいし、頼まれれば嫌と言わないもんな。ただそんな茜も泊まるのは嫌だったか。まぁ、そうだよな」

 優しいとの発言が優柔不断で八方美人と変換される。

「……ごめん」

「だから謝らなくていいよ、気にしないで。俺こそ悪かった」

 誠は励ましたり、心情に寄り添う際は軽くボディータッチをしてくるが、今はしてこなかった。ハンガーにかけてあるスーツを促すと廊下に出る。

 結局、私は最後まで顔を上げ、誠を見られなかった。
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