財閥御曹司は最愛の君と極上の愛を奏でる
ガタンと何かの物音がして、衣都はまどろみの中から目覚めた。
カーテンの向こう側はすっかり暗くなっており、スマホで時刻を確認すると夜の七時を過ぎていた。
(響さん、帰ってきたのかしら?)
デートをキャンセルしたことを謝ろうと、衣都はベッドから起き上がり、ドアノブに手をかけた。しかし、扉を押し開く前に、異変に気がつき動きをとめる。
……響とは異なる話し声がもうひとつ聞こえたからだ。
「本当にしきたりを廃止するつもりですか?」
「ああ、そうだ」
響に質問を投げかけているのは律だった。
衣都は扉に耳を当て、神経を研ぎ澄ませた。
今、しきたりを廃止すると聞こえた。
一体どういうことだろう?
「四季杜の人間の中には、しきたりを守っていない連中の方が多い。あのしきたりは最早意味を成していない」
「まあ、そうですよねえ……」
「『初めて』かどうかなんて、所詮自己申告だしね。これまで放置しすぎたんだ」
響は心底うんざりしたように、ため息をついた。
「なにも、今このタイミングで廃止にしなくてもいいんじゃないですか?」
「律、僕はね。あのしきたりが存在するだけで腹立たしいんだ。品のない言い方をするならば、『しきたりなんてクソ食らえ』とも思っている」
口調こそおどけているものの、響は本気で怒っている。それが伝わっているのか、律は余計な反論をしなかった。