財閥御曹司は最愛の君と極上の愛を奏でる
「はいはい。わかりましたよ。ご親族の皆様への根回しはこちらでやっておきますんで」
「助かるよ、律」
「あ、衣都に『お大事に』と、伝えておいてください。あいつ、昔から何かに集中すると他のことが疎かになるんで、無理しすぎだと思ったら適当なとこで注意してやってください」
「ああ、わかってる」
律の声が聞こえなくなってまもなく、玄関の扉が閉まる音がした。
しばらくして廊下から足音が聞こえてきて、衣都は急いでベッドに戻った。
頭から布団を被りぎゅっと目を瞑ると、数秒後に扉がノックされた。
「衣都?寝ているのかい?」
響は衣都を起こさぬよう静かに部屋に入ってきた。
枕元に腰掛けられると、ベッドが傾いだ。
衣都は息を潜め、狸寝入りを続けた。
響は衣都の髪を撫で、枕元に水分補給用のイオンウォーターやゼリー飲料を置くと、そっと部屋から出ていった。
(響さん、なんで……)
聞いてはいけないことを聞いてしまったせいで、心臓がまだバクバクと鼓動を刻んでいる。
響はしきたりを憎んでいるにも関わらず、しきたりに従って衣都と結婚する腹づもりなのだ。
……いいや、しきたりに従う振りをしているだけで、別の思惑があるのかもしれない。
(最初から分かっていたじゃない……)
あの人は自分には手の届かない人だって。
一晩だけでいいと覚悟して、抱かれたのは他ならぬ衣都だ。
思いがけず結婚できることになり、愛してると囁かれて、すっかり浮かれていた。