財閥御曹司は最愛の君と極上の愛を奏でる

(本当、私って単純なんだから……)

 知らず知らずのうちに、自嘲の笑みが湧いてくる。
 響の演技に気づかず、相思相愛なのだと勘違いをしていた。
 かりそめの花嫁として、衣都ほど都合のいい存在はいないだろう。
 家同士のしがらみもなければ、気を使うような後ろ盾もない。
 盲目的に夫を愛する、愚かな妻の役割がお似合いだ。

(馬鹿だよなあ……)

 たとえ利用されていようとも、響を責める気にはなれないのは、彼を愛しているからに他ならない。
 結婚してもらえるだけで、ありがたいと思わなければ。
 たとえ、他に女性の影があるとわかっていたとしても。

(あ、ダメ……)

 幸せだった気分が急に遠のいていく。
 まるで真っ暗なベールが目の前に降りてきたかのようだった。

 翌朝、衣都は失意の中で響と顔を合わせた。

「身体の調子はどう?」
「すっかり良くなったみたいです。心配かけてごめんなさい」
「衣都……?」

 衣都の硬い表情に違和感を覚えたのか、響が訝しげに眉をひそめる。
 響は勘が鋭い。衣都の作り笑いと空元気を見抜いたのかもしれない。

(響さんが望むなら、愚かな妻役を演じてみせる)

 一度開いてしまった心の距離は、もう埋めようがなかった。

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