しきたり婚!~初めてを捧げて身を引くはずが、腹黒紳士な御曹司の溺愛計画に気づけば堕ちていたようです~


 二人は衣都の借りていたマンションに急行した。
 入口で管理会社の人間と落ち合い、現状確認に向かう。
 
「なにこれ……」
「ひでーな」

 衣都の部屋の扉には赤いペンキで『売女』と大きく書かれていた。
 鍵は無理やり壊され、もはや防犯の役割を果たしていない。
 ……部屋の中はもっと酷かった。
 クローゼットや引き出しの中身はすべてひっくり返され、足の踏み場もなかった。

「ピアノが……!」

 衣都の悲痛な叫びが、部屋の中にこだまする。
 愛用していたアップライトピアノは、バケツの水を逆さにしたようにぐっしょりと濡れていた。
 その上、ヘドロのようなひどい汚れがこびりついていて、とんでもない悪臭を放っていた。これでは二度と使い物にならない。

(あんまりだわ……!)

 律と管理人は協議の上、警察を呼んだ。
 この短期間で二度も警察のお世話になるとは、衣都自身、夢にも思わなかった。
 律からも警察からも被害届を提出するようにすすめられたが、衣都は頑なに首を横に振った。
 ……犯人は例の母親かもしれない。
 万が一、想像通りの結果だった場合、悲しむのは衣都の教え子だ。
 衣都の荷物のほとんどが響のマンションに運び終わった後だったことは不幸中の幸いだった。
 ……ピアノを除けばの話だけれど。

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