財閥御曹司は最愛の君と極上の愛を奏でる
現場検証を終えた警察が帰って行くと、律は変わり果てた部屋の中を眺めて、大きく息を吐いた。
「とりあえず、ピアノを含め、荷物は全部処分ってことでいいよな?」
衣都は無言で頷いた。
割れたマグカップの欠片を拾い集めながら、泣きそうになっていた。
大切なアップライトピアノだった。
四季杜の屋敷を出て、音大に入学した衣都に律が買い与えてくれたものだ。
当時、株式の配当金とアルバイトで生計を立てていた律にとって、ピアノは決して安い買い物ではなかったはずだ。
衣都は思い入れのあるピアノを二度と弾けない状態にされた怒りと悲しみを持て余していた。
そんな最中、律のスマホが鳴る。
「あ、響さんだ。ちょうどよかった」
「ダメ!」
着信相手が響と聞くやいなや、衣都は弾かれたように立ち上がり、律から無理やりスマホを奪い取った。
着信音はしばらく鳴り続け、やがてピタリと聞こえなくなった。
「……どうした?」
スマホを奪われた律は呆気に取られていた。
「お願い!響さんには言わないで……」
「どうしてだ?」
「響さん、すごく忙しいんだもの。こんなことで手を煩わすわけにはいかないわ……」
響は今、イーグル貿易に代わる新規取引先との契約に奔走している。
帰宅の時間も遅く、出張という名目で地方に出掛けることも多くなった。
……彼が嘘をついていなければ。