財閥御曹司は最愛の君と極上の愛を奏でる

「こんなことって……。あのなあ、衣都。惚れた女が大変な目に遭ったってことを後から知らされる男の身にも……」
「本当に私のことを愛しているかわからないじゃない!」

 律は驚きで目を丸くしていた。
 響の愛情を疑い声を荒らげる衣都の様子に、普段とは違うものを感じたのだろう。

「……おい。本当にどうしたんだよ?まさか本気で言っているわけじゃないよな?」

 律は心配そうに衣都の瞳を見つめていた。
 いつも飄々としている律の本気の困り顔を見ていたら、何かがぷつりと切れてしまった。

「兄さん……。私……もうどうしていいのか……っ!」

 衣都は律の胸の中で、さめざめと泣いた。
 短期間に色々なことがありすぎた。
 この結婚はかりそめのものであり、講師の仕事は奪われ、思い出のピアノは処分しなくてはならない。
 その全てが衣都に重くのしかかり、身動きが取れなくなっている。

 衣都は律にすべてを打ち明けた。
 デートに向かう途中で、紬と遭遇したこと。
 紬が女性とホテルの客室に入る響の写真を手にしていたこと。
 生徒の父親と不倫していると疑いをかけられ、教室を休むように言われたこと。
 響のことを信じたいのに、信じられないこと。

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