しきたり婚!~初めてを捧げて身を引くはずが、腹黒紳士な御曹司の溺愛計画に気づけば堕ちていたようです~
「そろそろ、準備の時間です。控え室までご案内しましょう」
どこからともなく現れた律は、真っ青になった衣都を颯爽と大広間から連れ出してくれた。
「衣都、大丈夫か?」
「ええ、平気……」
「招待されたパーティーの席で喧嘩を売るなんて、あの女達は頭が沸いてんのか?」
律は吐き捨てるようにそう言った。
(あの人達は知っているんだわ……)
衣都の身に何が起こったのかすべてわかった上で、不快にさせてやろうと、底意地の悪い真似をしている。
衣都は一階にあるゲストルームまで、律に付き添ってもらった。
元々はゲストルームとして使われていた一室だったそうだが、今日は衣都のために控え室としての役割を与えられている。
「兄さんは大広間に戻って?私は演奏の準備もあるし、このままここにいるわ」
「……何かあったらすぐに呼べよ」
律が大広間に戻っていくのを見届けると、衣都はトートバッグから譜面を取り出し、テーブルに上に立てかけた。
天板を鍵盤に見立て、指使いをおさらいしていく。
ひたすらイメージトレーニングを重ねていた衣都の手が、急にピタリと止まった。
……ゲストルームの扉がノックされたのだ。
「衣都ちゃん……。入ってもいいかしら……?」
扉をノックしたのは綾子だった。衣都は慌てて扉を開けにいった。
「おば様!いつ、こちらにいらっしゃったんですか?」
「ついさっきよ……。遅れてごめんなさい」
綾子は殊勝な様子で、衣都に謝った。
元々、ふっくらした身体つきの綾子だが、数ヶ月顔を見ないうちに随分と痩せてしまった。