財閥御曹司は最愛の君と極上の愛を奏でる
「衣都ちゃんにどうしても見せたいものがあるの……私について来てくれる?」
「あ、でも……」
本番まで、あと三十分しかない。できることならひとりで集中を高めておきたい。
「すぐに終わるわ。どうか、お願い……」
「……わかりました」
綾子の必死の懇願に、とうとう衣都は首を縦に振った。
綾子は先導するように衣都の前を歩いた。
ゲストルームを出ると、廊下を左に曲がり、旧四季杜邸の外へと連れ出される。
綾子が見せたいものとは一体なんなのだろうか。綾子は梅園とも、敷地の門扉とも異なる方角に向かっていく。
「おば様?私に見せたいものって……」
「……ここよ」
綾子が立ち止まったのは、洋風のアーチが取り入れられた土蔵だった。
綾子は閂を抜き取り、観音開きの扉を、目一杯開いた。
「さあ、中に入ってちょうだい」
土蔵の中は、最低限の掃除は行き届いているが、埃っぽく、明かりもなく、絶望が口を開けて待っているようでそら恐ろしかった。
どうしても一歩が踏み出せず躊躇っていると、ドンっと強く背中が押された。
「きゃ!」
つんのめった衣都は冷たい床の上に投げ出されてしまった。
背後でバタンと扉が閉まり、閂が擦れる重たい音がした。
「待って!」
「ごめんなさい!でも、こうするしかなかったの……!」
綾子は震える声で衣都に詫びた。
(嘘でしょうっ……!?)
衣都は暗い土蔵にひとり閉じ込められてしまった。