しきたり婚!~初めてを捧げて身を引くはずが、腹黒紳士な御曹司の溺愛計画に気づけば堕ちていたようです~

 ◇

「衣都……?」

 衣都の様子を窺いにきた響はもぬけの殻になったゲストルームを見て愕然とした。

「衣都、どこにいる?」

 パウダールームにも、トイレにも、バルコニーにもいない。
 テーブルの上には広げたままの譜面とスマホが放置されていた。
 さきほどまでこの場にいたことは確かなのに、一体どこに消えたというのだろう。
 荒らされた形跡もないことが、違和感に拍車をかけた。

(嫌な予感がする……)

 胸騒ぎがした響はすぐさまゲストルームに律を呼んだ。

「衣都がいない?大広間にもいませんよ」

 衣都の行方を尋ねても、律は心当たりがないという。
 二人は互いに顔を見合わせた。
 本番の時間まであと三十分を切っている。
 これが何を意味するか、わからないほど呑気ではない。

「律、衣都を探してくれ。くれぐれも父さんに見つからないようにな」
「……わかりました」

 優秀な律はすぐさま警備担当に電話をかけ、人手を募り始めた。

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