財閥御曹司は最愛の君と極上の愛を奏でる
「婚約者、ですか……?」
「僕もとっくに三十路を過ぎているしね。そろそろ年貢の納め時ってことかな?」
響は困ったように、眉を下げた。
(あの綺麗な人が響さんの……)
彼女は身の内から自信が滲み出ていた。
言葉の端々に豊かな知性がうかがえ、年の離れた綾子と打ち解ける社交性がある。
衣都はピアノ以外はからきしダメで、勉強も運動も頑張ってやっと人並み程度にこなせる。
引っ込み思案な性格のせいで交友関係も狭い。
自分とは真逆の女性が、響と結婚する。その事実に打ちのめされそうだった。
「婚約、おめでとうございます」
衣都は苦心してありきたりなお祝いの言葉を口から捻りだした。
「気が早いよ。まだ本当に婚約するかどうか決まってないって」
響はそう言うが、綾子が発表会に連れてきたということは婚約も時間の問題だろう。
これまで響の結婚話は何度かあったが、ここまで具体的になるのは初めてだった。
衣都はそれ以上何も言えなくなってしまった。
「家まで送るよ」
響が沈黙を破るように、そっと告げた。