財閥御曹司は最愛の君と極上の愛を奏でる
駐車場を出発した車は順調に道路を走っていく。
気が早いことに、街は既にクリスマスの装飾で彩られていた。
誰もが心躍る光景だろうに、衣都は暗澹とした気持ちで窓の外を眺めていた。
(息が苦しい……)
この恋が叶わないことなど、最初からわかっていた。
然るべき相手と結婚することは、四季杜財閥の後継者たる響の義務だ。
響の優しさが、衣都をより愚かにしていた。
希望を持ち続けていればいずれは……という期待がいつまでも捨てられないでいる。なんて浅ましいのだろう。
衣都はたまらず響に訴えた。
「今日はこの辺りで大丈夫です。もう、降ろしてください」
「降ろせと言われても……まだ衣都のマンションまで距離があるよ?」
「大丈夫です。歩きますから」
このまま車内にいたら泣いてしまいそうだった。
車が路肩に停車すると衣都はお礼もそこそこに、車から降りて歩道を歩き出した。
自分のことで精一杯で、後ろを振り返る余裕はなかった。
だから、響があとを追いかけてきたことにも気がつけないでいた。
「衣都!」
肩を掴まれ、無理矢理後ろを振り向かされ身体が傾ぐ。
声を荒らげ衣都を引き止めた響の表情にはいつもの穏やかさはなく、苛立ちが滲んでいた。