しきたり婚!~初めてを捧げて身を引くはずが、腹黒紳士な御曹司の溺愛計画に気づけば堕ちていたようです~

 ◇
 
「お疲れ様、衣都先生〜」
「お疲れ様です」

 仕事を終えた衣都はビルの階段を降りたところで、同じく仕事終わりの樹里から声をかけられた。

「ねえ衣都先生、よかったらこれから一緒にご飯でも食べない?うちの夫、今日飲み会らしくて、ひとり飯なの。付き合って~!」

 樹里からのお誘いに衣都は思わず顔を綻ばせた。
 一緒に暮らし始め、響と顔を合わせて食事をすることが増えたが、何を食べても味がしないこともしばしばだった。
 気の置けない同僚との食事は、いい気分転換になるはずだ。
 前もって連絡しておけば、外で食事をすることも問題ないだろう。
 いいですねと同意しようとしたその時……。

「衣都」
「……響さん?」

 なんと、ガードレールの縁に座り片手を挙げた響が、衣都に目配せを送っているではないか。
 チェスターコートにマフラーを羽織っただけのカジュアルな出立ちなのに、彼の持つただならぬ雰囲気のせいか、通行人がすれ違うたびにチラチラと振り返る。
 本人にさして気にする様子がないことが唯一の救いだ。

「あら、あなた……。先日、発表会にもいらした四季杜の……」
「四季杜響です。いつも衣都がお世話になっています」

 響から微笑まれた樹里の顔が赤らんでいく。
 眉目秀麗な響を一目見ると大体の人はこうなるので、不思議でもなんでもない。

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