しきたり婚!~初めてを捧げて身を引くはずが、腹黒紳士な御曹司の溺愛計画に気づけば堕ちていたようです~

「樹里先生、また来週!」

 衣都は響の背中を押し、あたふたとその場から離れた。
 ビルから十分離れたところで路地に入り、響に向き直る。

「なんで勝手に……!」
「別に構わないだろう?結婚することはもう決まっているんだし」
「そ、れは……」

 衣都は口ごもり、目を伏せた。
 たとえ響には決定事項だとしても、衣都はまだ決心できないでいた。
 なんの後ろ盾もない自分が四季杜家の人間になる。
 しきたりに従う形とはいえ、荒唐無稽な話だ。
 しかし、衣食住の面倒を見てもらっている分際で声高に異を唱えるのは、あまりにも厚かましい。

「ところで、お腹空いてない?夕食に誘おうと思って、迎えにきたんだ」
「夕食ですか?」
「うん。たまには外で食事するのもいいかなと思って」

 反省を促したところで本人にその気がなければ、のれんに腕押し、馬の耳に念仏だ。
 
「……わかりました」

 衣都は仕方なく怒りの矛を収めた。確かに空腹を感じていた。
 かといって、今更、樹里のところにも戻れない。

(一生響さんには敵わない気がする……)
 
 衣都は駐車されていた車に黙って乗りこんだ。
 よくよく考えてみれば、響と二人きりで食事に出掛けるなんて初めてのことだった。
 嬉しくないと言ったら嘘になる。

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