財閥御曹司は最愛の君と極上の愛を奏でる
レストランを出た二人は最後に四階のオープンデッキにやってきた。締め切られていた扉を開けると、びゅうっと風切り音が耳のそばを通っていった。
「結構、風が強いですね」
「海の上だしね」
二人はデッキの先端にやってくると、手摺りにもたれかかり、静かに揺れる水面をともに眺めた。
クルーズ船はざっざっと水飛沫を上げながら、真っ暗な闇を進んでいく。
月は雲で滲んでいて、頼りない。
つい先ほどまで見えていた街の景色があんなに遠い。
キラキラと輝いていた都会も、ここでは淡く光る薄明かりにしか見えない。
「海から見ると全然違う風景になるんですね」
「そうだね」
途方もなく広い海の上ではクルーズ船ですら、草船のようなちっぽけな存在に感じられた。
……どこへでも行けそうで、どこへも行けない。
衣都の身体はにわかに震え出し、鳥肌が止まらなくなった。
海風にあたりすぎたのか、自分の行く末と重ねたせいなのか、わからない。
その時、ふわりと温かいものに包まれた。
響がデッキに降りる乗客向けに用意されていたブランケットを肩にかけてくれたのだ。
「ありがとう、響さん」
衣都がはにかみながらお礼を言ったその直後、背後からぎゅうっと抱きすくめられる。
「ひ、びき……さん……?」
「やっと……いつもみたいに笑ってくれたね」
自分の言動に身に覚えがあり、ギクンと心臓が飛び出そうになる。