財閥御曹司は最愛の君と極上の愛を奏でる
◇
「ご機嫌ですね」
「そう?」
四季杜財閥の中で海上輸送を担う『四季杜海運』の副社長室には、荒れ模様の冬の海とは真逆の穏やかな空気が流れていた。
衣都に結婚を承諾させた響はここのところ、かなりの上機嫌だった。
朝は同じベッドで目覚め、夜は最愛の女性を愛で溶かし腕の中に閉じ込めて眠る。
なんと幸せなことか。
満ち足りた生活を送り心が弾んでいる響とは打って変わり、律は何とも言えない渋い表情だった。
「何があったのか聞かないのかい?」
「身内のコイバナなんて聞きたかないです。勘弁してください」
「つれないねえ……」
「響さんの機嫌を取るのは俺の仕事じゃないんで」
長年、響の秘書として働いておきながら、この発言である。
響は律の誰にも迎合しないところを非常に気に入っていた。
しかし、あらゆる人間が弁慶の泣き所を持っている。
響は更に一歩踏みこむことにした。
「僕の機嫌を取っておけば、三宅製薬を取り戻せるかもよ?」
意地悪をしたかったわけではない。
何事ものらりくらりとかわす律が一体どういう反応をするのか、純粋に気になったのだ。
「実際、そういう話はちょこちょこありますね」
律は怒るでもなく、嘆くでもなく、やれやれと面倒臭そうに首の後ろをかいた。