可憐なオオカミくん
窓の外を眺めていると、甘い香りが鼻に残る。なんだか落ち着くような、心地の良い匂いだった。
ちらりと横を見ると、隣の席に座ったのは葵くんだった。
「隣の席は、葵くんだったの?」
「そうだよ? 僕以外の男は受け付けないんだから、僕が永遠に一華の隣だよ」
「え、えいえん……」
「一華の男恐怖症が治るまではね♡」
なんだろう。たまに、たまにだけど。葵くんの言葉が少し怖いような気がする。
なんだろう。分からないけど。
でも、かわいいからいっか。
「葵くんって香水とかつけているの?」
「え、なにもつけてないよ?」
驚いた。なにもつけていないのに、なぜ甘い香りがするのだろう。
わたしの中で男という生き物は汗臭い。泥臭いだった。(一華の男性恐怖症により。完全偏見です)
葵くんから放たれる甘い香りはなんだろう。香水でもないのなら――。
「フェロモン?」
頭の中で考えていた言葉が、そのまま出てしまった。言葉を零した後で、ハッと気づく。
「フェロモン出てる?」
「わわ! 分からないけど。あまりにも葵くんから良い匂いがするから」
「僕から良い匂いする?」
腕を鼻に押し付けて嗅いでるようだ。そして首をかしげて不思議そうな顔をする。
「自分じゃわからないや! よかった汗臭くなくて」
「葵くんは汗臭さとは無縁だと思うよ! 葵くんって汗を一滴もかかなそうなイメージ!」
だって、葵くんが汗かいて汗臭くなる姿なんて想像できない。天使のように、可憐なイメージがわたしの中で出来上がっていた。
「参ったな……僕だって、男だよ?」
どくん。心臓が跳ねた。
一瞬俯いたあと、私の顔を覗き込みながら吐いた言葉がやけに心に刺さった。
「僕だって、体育で運動したら汗かくし、汗臭くなるよ?」
「……そ、そうなんだ」
なんだか、葵くんの顔が直視できない。
どくどくと心臓の音がうるさい。
なんで、収まってくれないんだろう。
こ、これは、もしかして……。
新しい男性恐怖症の症状かもしれない!
そう思ったのに、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。
原因が分からないまま、熱くなった顔を冷ますように窓の外を見つめた。
葵くんがいる右側だけが、なかなか熱をひいてはくれなかった。