可憐なオオカミくん
♢
「一華! 次の教室移動一緒に行こう?」
「穂乃果ちゃん。うん。行こう!」
穂乃果ちゃんとは、だいぶ仲良くなった。
彼女は気さくで、友達が多いのが見ていてわかる。そんな彼女が人見知りのわたしを気にかけてくれるのが、素直に嬉しい。
次の授業は化学だ。ゆっくりと肩を並べて歩いていく
「そういえば、また呼び出されてたね。プリンスは、」
「プリンス? だ、誰のこと?」
「葵だよ。早乙女葵!」
「葵くん……。プリンスって呼ばれているの?」
「え。一華知らなかった? みんなキャーキャー言ってるじゃん」
確かに、クラスの女子が「プリンスかっこいい」ってよく黄色い声を上げていたけど、葵くんとは結び付かなかった。
だって、私の中で葵くんは、かわいいだから。
かっこいいより、かわいいだと思うけどな。
「そのプリンスがまた担任に呼び出されてるよ。いい加減、制服きてくればいいのに」
「え、制服って?」
「朝から運動着着てるでしょ? 朝のホームルームは制服にしなさい。って何度も担任に言われているみたいよ」
「そ、そうなんだ……」
頭の中の記憶が疼いた。
もしかして。葵くんが、制服じゃなくて、運動着を着てるのって――。
「運動着だと、葵くん。女の子にしか見えないね!」
わたしは確かにそう言った。多分声は弾んでいたと思う。
葵くんが、毎日運動着を着ているのって、わたしが男性恐怖症だから?
男子の制服を着ないようにしていたのかな。
頭の中で仮説が浮かび上がった瞬間。足が止まった。動きを止めたわたしに不思議そうな視線を向ける。
「一華、どうした?」
「葵くんのところ行ってくる! 葵くん、もう化学室いるかな?」
「へ? 教室じゃない? まだ教室に残っていたような」
「穂乃果ちゃん、ごめん。先に化学室に行ってて?」
言い残して、来た道を引き返した。自然と廊下を蹴り上げる力が強くなる。
教室を覗くと、他のクラスメイトと談笑している葵くんの姿が見えた。