可憐なオオカミくん
「(はあ、はあ、)」

 なんだか身体が重い。ゴールを目指して歩き出して30分ほど経ったころだった。


 踏み出す足が、どんどん重くなっていく。息が上がるのを、周りのみんなにバレないように、短く息を吸って。短く息を吐いて。とにかく迷惑を掛けたくなくて、自分の異常を隠すことに精一杯だった。

 よろりと倒れそうになる寸前。
 突然肩がスッと軽くなった。後ろを振り返ると葵くんがわたしのリュックを持ってくれている。


「おもっ。なんでこんな重いの?」

 ははっ。と口を開けて笑っている。突然のことで一瞬分からなかったが、葵くんが私のリュックを持ってくれたようだ。


「え、葵くん。なんでリュック……」

「僕のより重いよ? こんな重いモノ背負って今まで歩いていたの? それは疲れちゃうよ。なに持ってきたの?」

「え、うん。バナナとか非常食とか。遭難した時のためにみんなの分入れといたんだ」


 そうそう。安全な場所でのハイキングと言っても、なにがあるかわからない。
 念のため、バナナをひと房入れておいた。これで何があっても安心だ。



「バナナー? なんでバナナ!」
「がははっ。バナナって。誰も食べないよ」

 大吾くんと恭平くんが大口を開けて笑っている。

 え、バナナはみんな嫌いだった?
 
 あまりにも、ずっと笑っているので、羞恥心にかられて恥ずかしさで顔に熱が集まる。
 恥ずかしい。バナナ持ってきたら、ダメだったんだ。



 「……」

 「えっと、ごめんね。バナナなんて。変だよ、ね」

 泣きそうだった。涙を堪えて無理やり作った笑顔はへたくそだったかもしれない。


「僕が頼んだんだよ。バナナ好きだから。一華、カバン開けていい?」

「え、うん」

 カバンのチャックとするりと開けると、バナナを取り出して。
 そして、食べた。

 かわいい顔した葵くんが、緑や草木に囲まれたこの大自然の中で、一人バナナを食べている。
 似合わないなんてもんじゃない。
 かわいい葵くんにも。この大自然の場面にも、そぐわない行動だった。


「あ、葵くん。無理して食べなくても……」

「今、どうしてもバナナ食べたいタイミングだったんだ」

 嘘だ。そんなの馬鹿なわたしにだって分かる。
 葵くんは、わたしを庇ってくれたんだ。


「なんか、愛だな、」

「笑ってごめんな」

 大吾くんと恭平くんは、肩をすぼませて謝っていた。



 バナナを食べることが、なんで愛なんだろう?
 二人の言葉の意味は分からなかった。
 だけど、葵くんの言動も、行動も。彼のすることに、わたしの心は乱されていく。

 戸惑いながらも、愛おしさが込み上げてくる。
 わたしがドキドキする時、いつも葵くんがいる。

 気づきはじめた気持ちを隠すのに必死だった。

 
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