可憐なオオカミくん
「うっ。いやだよ。みんなと同じ学校に行きたかったよお」
心の叫びを声にこめると、涙が一滴流れた。と同時に甘い匂いが鼻に残る。
「ねえ、キミ。引っ越してきたの?」
俯くわたしに声が投げかけられた。優しく柔らかい声。振り返ると、さらりと風に髪をなびかせて、にっこりと微笑む人物がいた。
だ、誰?
すごくかわいい。
肩につきそうなほどの長さで艶のある黒髪。目はくりっとしていて、その綺麗な瞳に吸い込まれそうだった。こんなに可愛くて美人さん、私の住んでいた町にはいなかった。思わず見とれてしまう。
「おーい。大丈夫?」
固まるわたしの顔を覗き込む。至近距離で見る彼女の肌が透き通るように白くて異次元だった。
近くで見ても、かわいい。
「だ、大丈夫……です。き、きんちょう、しているだけ。です……あの、アイドルですか?」
「あはは。アイドルなわけないよー」
とびきり可愛いのに、思い切り口を大きく開けて笑うので、取っつきにくいと感じていた感情が一瞬で消えた。
「あまりにも可愛いから、アイドルかと思った」
「アイドルねえ……。ねえ、いつ引っ越してきたの?」
「えっとね。昨日です」
「この社宅に引っ越してきたんだよね? 同じだー」
人懐っこい笑顔を浮かべて終始優しい声で話してくれた。
柔らかい笑顔にほだされていつの間にか、緊張感もなくなっていた。
「……っつ。うっ」
「え、どうしたの? なんで泣いているの?」
慣れない土地に引っ越して、ずっと緊張感が抜けなかった。
張り詰めていたものが、ぷつりと溶けた。
泣き止んだはずの涙がまた頬を伝う。
「ご、ごめん。なさいっ。泣きたくないのに……涙が」
「……」
「ご、ごめんなさいっ。初対面なのに……泣いたりして。違うのっ。普段はもっとちゃんとして……」
あれ。なんで必死に弁明しているんだろう。
嫌われたくなくて、泣きながらペラペラと言葉が出てくる。
「泣いたっていいじゃん」
「……泣いている理由は聞かないの?」
「うーん。話して楽になるんだったら聞くし。言いたくないんだったら聞かない」
突き放されているような言葉だが、優しい声のおかげで不思議と嫌な気持ちにはならなかった。
話したら嫌われるかな。
でも……彼女なら、大丈夫な気がする。
根拠は全くない。なぜかそう思ったんだ。