可憐なオオカミくん
おそるおそる自分の席に腰を下ろした。まだ隣には誰もいない。
どうか隣の席が女の子でありますように。
共学なので、男女が隣同士になる確率は高い。だけど、願わずにはいられなかった。
「あったー! 俺の席!」
野太い男の子の声が耳に届いたと同時に、身体が硬直する。これは拒否反応の一つだ。
「あ、ねえ。俺隣の席だ。大吾ですー。よろしくー。君の名前は?」
隣の席に荷物を置きながら、悠長に話しかけてくる。視線も声もわたしに向けられている。分かっているけど、声が出てこない。
「あ、あ、」
どうしよう。足も手も震えている。今すぐこの場から逃げ出したい
でないと――。全身からぶわっと汗が噴き出す。
だめだ。もう、ダメだ。心臓の鼓動が最高潮に速い。
ドキドキ。ドクドク。
怖くてどうしようもなくて、ぎゅっと目を瞑った。
「まって。この子はダメだよ」
混乱するわたしに降ってきた声は、聞き覚えのある優しい声だった。
瞑っていた目を開けると。
さらりと綺麗な髪をなびかせて、わたしの前に立つ彼女がいた。
――葵ちゃん。
「葵ちゃん……」
葵ちゃんが助けてくれた。「一華のこと守ってあげる」昨日のセリフが頭に浮かぶ。本当に助けてくれた。
「おー! 葵! 同じクラス? いえーい!」
「(え、)」
パチン! 乾いた音が盛大に響き渡る。
大吾と名乗った男子と、葵ちゃんはハイタッチをしている。
なに。この大吾って人。
女の子にハイタッチするなんて。
しかも、女の子に叩く強さじゃない。
心がムッとして、自然と彼を睨んでしまう。
「葵ちゃん、大丈夫? 手、痛くない?」
「平気。平気ー。いつものことだから」
いつものことなんだ。
都会の人のスキンシップは激しいのかな。
「え、なになに。葵の知り合い?」
「一華は春から同じ社宅なんだ」
「へー。そうなんだ。一華ちゃん。よろしくー」
そう言って手を差し伸べてきた。
「ひっ」短い声が漏れた。
男の人の手だ。今すぐに、そのゴツゴツとした骨ばった手をしまってほしい。
「だめだよ。一華には触れないで」
葵ちゃんは、差し出された手をパンっと叩いた。
わたしが男恐怖症だと知っている葵ちゃん。
また、守ってくれた。
「あー。なんだ。そういうこと? 葵と一華ちゃんは付き合ってんの?」
つ、付き合ってる?
何を言っているんだろう。わたしと葵ちゃんは女の子同士。