財閥御曹司に仕掛けられたのは、甘すぎる罠でした。
 ――ち、近いっ!

 抱きしめられているような感覚。
 思ったよりもずっと近くに、悠賀様の体温を感じる。
 
「そんなにドキドキしてくれているんだ。嬉しいな」
 
 密着した部分から、私の鼓動の高鳴りが伝わってしまったらしい。
 恥ずかしくなって顔を背けると、くいっと顎を正され、悠賀様と目が合う。
 
「そのまま僕だけを見ていて」

 なぜか、身体が言われるがままになってしまう。
 静かなワルツが流れ始め、悠賀様は私を抱き寄せたままゆっくりとステップを踏み始めた。

「そう、すごく上手だ」

 悠賀様の身体の揺れに合わせて、見様見真似でステップを踏む。
 悠賀様がおだてるから、私もうまく踊れているような気がしてくる。

 至近距離で見つめられ、胸がドキドキとときめいて。
 視界に彼の顔がいっぱいに映り、その笑みにどんどんと心が惹かれていく。

「とても素敵だ。まるで蝶のようだね」

 甘い言葉をささやかれるたび、胸が喜びを覚えていく。
 頬が紅潮し、それでも悠賀様から目が離せない。

 ダメだ、もう、私――

「君を誘って正解だったよ、依恋さん」

 ――悠賀様に、恋をしている。

< 29 / 52 >

この作品をシェア

pagetop