財閥御曹司に仕掛けられたのは、甘すぎる罠でした。

2 クイーンズランドに沈む夕日

 桜堂ホテル・トウキョウは地下に従業員用通路が広がっている。
 そこでは、宿泊されるお客様が快適に過ごせるようにと、昼夜問わず多くの従業員が動き回っている。

 無機質な白い壁ばかりの従業員通路。
 その奥まった場所に、一か所だけ趣の異なる場所がある。

 昼夜を問わず人気(ひとけ)が無いその場所は、壁が全面鏡張りになっている。
 良く見れば、間接照明の間だけは、両開きの銀色の扉であることが分かる。
 ここは、支配人室へ直通のエレベーターだ。

 私はおどおどしながらそこへ近づき、間接照明の脇に隠れたインターフォンを押した。

「どちらさまでしょう?」

 低い男性の声がする。

「氷室依恋です。悠賀様に呼ばれまして――」

 言っている間にも、おかしいくらいに胸をバクバクと嫌な鼓動に占拠される。
 口を閉じていないと、心臓が飛び出してしまいそうだ。

(おお)せつかっております。どうぞ」

 男性の声が止まると、ゆっくりと銀色の扉が左右に開く。

 全面鏡張りのエレベーター内に足を踏み入れると、ふかふかな絨毯が靴の裏を包んだ。

 すると、身体が全て入ったのを見計らうように、背後で扉がしまった。
 ひいっと驚きと振り向けば、その上部の液晶画面に階数が表示される。

 エレベーターが、静かに上昇を始めたらしい。
 表示が、地下から地上階を示す。

 ――立花家の人間であることは、どうにかバレないようにしないと。

 私は不気味なほど静かに上昇するエレベーターの中で、自身の過去を呪うように振り返った。

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