働きすぎのお人よし聖女ですが、無口な辺境伯に嫁いだらまさかの溺愛が待っていました~なぜか過保護なもふもふにも守られています~
「もう黙っていられない。これ以上彼女を侮辱するな。彼女は正真正銘の聖女だ。中央神殿で、他の聖女と共に神託を聞き、人々に伝える姿を、俺は王都で何度も見てきた」

 その発言に、ブランシュが驚く。
 中央神殿では、たくさんの人の前で聖句を読んだり讃美歌を歌ったりした。そんな時に集まる人は多く、そこにオレールがいたかどうかなんて覚えていない。
 でも彼は、あの神託が下る前からブランシュのことを知っていてくれたのだ。

「誰がなんと言おうと、彼女は聖女だ」

 これに関しては一歩も引きそうがないオレールに、腹を立てたようにダミアンが前に出て、首根っこを掴む。しかし、騎士として鍛えたオレールに比べ、ダミアンはあまりにひ弱だった。反対に押しのけられ、尻もちをついてしまう。

「くそっ、野蛮人め。おいっ、正体を現せ、化け物!」

 オレールがルネを抱いたブランシュに向けて、またたびを投げつけた。

「きゃっ」

 驚いて、ブランシュは腕の力を緩める。すると、ルネは彼女の腕から飛び降り、守るように前に立った。
 警戒心をあらわに、尻尾を立てたまま、床に落ちたまたたびのにおいをクンクンと嗅ぐ。

 ブランシュは一瞬焦ったものの、猫なわけではないのだから、ルネがそれに惑わされることはなさそうだ。
 しかし、ルネはブランシュをじっと見上げると彼女の頭の中にだけ語り掛けてきた。

《僕、なんか腹が立ってきたな。ごめんね、ブランシュ》
「え?」

 そうして、ブランシュの目の前で、ルネは魔獣姿へと変身したのだ。

「きゃあっ。化け物!」

 途端に、集まっていた領民たちが後ずさる。

「ルネ、どうして?」
《こんなバカな男がいるところ、守る必要ないかなって思ってね》

 ルネは建物全体が振動するような、大きな雄たけびをあげた。

「逃げろ。ダミアン様が言っていたのは本当だった!」

 男が叫び、礼拝室いっぱいに集まっていた人々が、入り口に押し寄せていく。

《ブランシュ、このままじゃみんな押しつぶされちゃう。歌を歌って》
「え?」

 頭の中に響いたのは、リシュアンの声だ。
 どうやら、団子になって出ていく人々が、怪我をしないよう一瞬動きを止めろということらしい。
 ブランシュはとっさに讃美歌を歌い始めた。

「主よ。汝の祝福で、我らの罪を解き放ちたまえ
喜びと平穏で、心が満たされるよう
汝の愛こそ、我らを癒す救いの恵み……」

 神殿でよく歌われる、有名な讃美歌だ。
 伸びやかなブランシュの声に、人々が一瞬動きを止める。それによって、列の先頭で転んだ数人は、それ以上人が押し重なることがなく、大きな怪我をしなかった。
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