働きすぎのお人よし聖女ですが、無口な辺境伯に嫁いだらまさかの溺愛が待っていました~なぜか過保護なもふもふにも守られています~
* * *

 街の入り口まで、煙の臭いが漂っている。

「あっ、オレール様、ブランシュ様!」
「みんな、無事か? これはいったいどういうことだ」
「小神殿から火の手が上がって、屋敷のものは消火に当たっています。我々は街の人間を逃がしているところです」
「わかった。屋敷から離れた広い場所に、避難民を集めろ。逃げ遅れた人間がいないかチェックして、捜索は警備兵を中心に行え。助けに行ったものが被害に遭うことがないよう、しっかり管理してくれ。俺はまず消火に向かう」

 元騎士であるオレールは、有事の際ほど冷静になれる。とっさに指示を出し、高台にある屋敷をめざす。

「ブランシュ、煙を吸い込まないように、口もとをなにかで覆うといい」
「ではオレール様も」
「そうだな……」

 オレールは自身の服の袖を引きちぎり、ブランシュに渡した。そしてもう一方の袖も同じようにして、口を覆うように縛る。

「こんな風にするんだ。屋敷に着いたら身を低くして、移動すること。火が強かったら、君はすぐ逃げてくれ。俺ひとりの方が、身動きは取りやすい」
「わかりました」

 オレールの指示は的確だ。こんな時なのに、ブランシュは彼に惚れ直してしまう。
 神殿から出た火は、小神殿の北半分を焼き、屋敷にも燃え移っていた。
 思いのほか消火は進んでいて、今は燃え移った屋敷のほうが火力は強い。

《ブランシュ、台座に水晶を戻して》

 リシュアンの声だ。

「台座……無事かしら」
《台座に戻れば、国の結界の一部として、離れたところにある雨雲を引き寄せることができる》
「わかりました。オレール様、水晶を私に」
「どうする気だ」
「台座に戻します」

 ふたりは急いで小神殿の中へと入る。

「旦那様、ブランシュ様!ご無事で」
「シプリアン、大丈夫?」
「どうやら、ダミアン様が火をつけて逃げたようです。マリーズが」

 シプリアンの視線の先で、マリーズがずぶぬれで台座を抱き込んでいる。水晶の間も一部焼けていたが、マリーズのおかげで台座そのものは無事だったようだ。

「水晶を戻します」

 ルネに促され、水晶を台座にはめ込む。すると、先ほどよりも強い光を放ち始めた。

「リシュアン様、この火を消せますか?」
《風を少し強めて、雨雲を連れてくる》

 神と言っても、基本リシュアンは監視を主としていて、世界への干渉はあまりしない。
 しかしこの日は、国内全部に広がる魔素の力を使い、大風をふかせた。

「あ、雨だ!」

 やがて運ばれてきた雨雲が、雨を降らす。それは、消火活動の大きな助けになった。

「とりあえず、これでなんとかなりそうだな」

 オレールは屋敷の様子を見に出て行った。
 残されたブランシュは、倒れているマリーズの介抱へと向かう。

「マリーズ、大丈夫?」

 マリーズは煙を吸いすぎたのか、頭痛を訴えている。めまいがしてまっすぐは歩けないようだ。

「ごめ、なさい。ブランシュ、様」
「なにを言っているの。あなたのおかげで助かったのよ」
「……ダミアン、さま、なんです。火を……ごほっ」
「無理しないで、まずは休んでちょうだい」
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