働きすぎのお人よし聖女ですが、無口な辺境伯に嫁いだらまさかの溺愛が待っていました~なぜか過保護なもふもふにも守られています~
 こんな風に仕事を押し付けられたり、理不尽な言いがかりをつけられたりすることは、前世でもよくあった。それは、年若だからという理由ではなく、咲良が反論をしないような弱虫だったからだ。

(甘く見られていたんだわ。今の私もそうよ。前世を知ったことで、それが、わかってしまった)

 このままじゃ、ブランシュも咲良のようになる。
 例えばこの先、ブランシュよりも若い聖女が現れたとしても、仕事を押し付けられるのはきっとブランシュだけだろう。言い返さず、仕方ないと諦めて言うことを聞くから。

(私、このままでいいの?)

 思えば、これまでのブランシュは素直すぎた。ほかの聖女の不調を信じ、自分が助けられるのならばと献身的に働いてきた。
 だけど、前世の記憶を取り戻した今ならわかる。ドロテの腰痛はそこまでひどくもないし、なんなら朝食の席には元気そうな顔で来るだろう。

(咲良の記憶から、それが分かる。私よりもずっと長い期間、咲良は虐げられてきたから)

 水晶の間の前では、清掃メイドが掃除道具を持って待っていた。

「あれ、ブランシュ様おひとりですか?」
「ええ。道具はこれね。ドロテ様は腰が痛いのだそうよ」

 諦めたように言えば、清掃メイドはあきれたように笑った。

「毎回そう言っておられますね。まあ、御年五十三歳ですものねぇ」

 そして、水のたっぷり入ったバケツをブランシュに渡す。

「ではブランシュ様、よろしくお願いいたします」
「はい」

 ブランシュは水晶の間に入り、大きく深呼吸をする。

(静謐な空気……)

 水晶の間は六角形で、中央に背丈ほどもある大水晶が安置されている。それを囲むように、台座が七つ。これは、七人の聖女が祈りをささげるために設置されたものだ。

 天井や壁には、この国の創生神話が描かれている。ここでのリシュアン神は美しい男の人の姿をしていた。

(魔獣だったなんて、いまだに信じがたいけどね)

 壁画には、魔獣の姿も描かれている。賢者ルネが封じるシーンだ。たてがみのあるライオンのような姿に、六つの禍々しさを漂わせる尻尾。これがリシュアンだなんて、誰が想像できただろうか。

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