働きすぎのお人よし聖女ですが、無口な辺境伯に嫁いだらまさかの溺愛が待っていました~なぜか過保護なもふもふにも守られています~
オレールは深いため息をついた。過去のことを、今掘り返しても仕方がない。
「これからのことを考えなければ……」
オレールは首を振って、自分の劣等感を追い払った。
「まずは領地の現状を教えてくれ。俺には領地経営の知識はないが、辺境伯家の人間であることは間違いない。領民を守る責任は俺にもある」
「さすがオレール様。では執務室の方へお越しください」
この国に、辺境伯家は六つあり、神の水晶を守るという大事な役目を与えられている。没落など許されないのだ。
父の執務室は、壁の一面が書棚になっていた。膨大な量の書物を前に、オレールは息を飲む。
「父上も兄上も、これを全部読んだのか?」
「旦那様はすべて目を通しておられます。ダミアン様はどうでしょうね。領主教育でこの棚は一通り目を通すようには言われていたと思いますが……」
それは、オレールには必要ないと、遠ざけられてきた書物だ。オレールは一冊手に取り、ぺらぺらと眺めてみる。読めないわけではないが、理解しながらと思えば膨大な時間がかかるだろう。
「……俺がこれをすべて理解するのは無理だな。誰か、父上か兄上の仕事の補佐をしていた人間はいないのか?」
「ダミアン様の補佐はレジスがしておりました。ダミアン様が出奔する少し前、下働きに移されていましたが……。戻しましょうか」
レジスは使用人の子で、ダミアンと年が近かったため、オレールもよく一緒に遊んでいた。よくしゃべる男で、場を和ますのが得意だった。無口なオレールは彼といるのは楽だったので、案外好きだったのだ。
「そうだな。取り急ぎ、レジスに補佐をお願いしよう。まずは、現状把握だ。なにをしなければならなくて、なにが滞っているのか、調べるよう伝えてほしい」
「はい。ところでオレール様、騎士団の方は……」
「とりあえずひと月の休職願いは出してきた。あとは状況を見ながら進退は考える」
「助かります。よろしくお願いいたします」
母が死んでから、ダヤン家はなんとなくまとまりを欠いてしまった気がする。幸せだった幼年期を懐かしみつつ、オレールはまずは徴税帳簿から目を通し始めた。