働きすぎのお人よし聖女ですが、無口な辺境伯に嫁いだらまさかの溺愛が待っていました~なぜか過保護なもふもふにも守られています~
* * *

 残されたルネは、水晶の周りをとことこ歩きながら、しっぽを動かして遊んでいた。

《ルネ》
《ん? どうしたの? リシュアン》

 水晶が戸惑いがちにきらめく。なにか迷っているような様子に、ルネは先を促す。

《俺、ブランシュの望みを叶えてやりたいな》
《望み?》
《結婚したいって言ってたじゃないか》

 ルネは目を丸くする。それはいつかかなえたい夢なのであって、今すぐの話ではないだろうに。

(……でも、おもしろそうかな)

 千年も思念体でいれば、退屈なのだ。ルネは常におもしろいことを渇望している。

《そうだね。いいんじゃない。リシュアンならかなえてやれるじゃないか》
《でも……、さ、その》
《あー、寂しいんだ?》

 ルネの問いかけに、リシュアンが一瞬言葉を無くす。

《寂しい……?》
《君、感情面は完全に子供だよね。魔族って、恋とかしないものなの?》
《時が来れば自然と番になる者たちはいたが、俺は……わからない》
《まあ、君、あの時まだ少年くらいの年だったもんね》

 リシュアンは強い魔物だと言われていたが、人間で言えば十歳くらいの年だった。それゆえに、簡単に洗脳され、力を好きに使われてしまったのだ。

《ブランシュがいなくなったら寂しいって、思っているんでしょ?》

 水晶はしばし沈黙し、しばらくして薄い藍色を浮かべる。

《うん。……考えただけで、胸がぽっかりする》
《やっぱり気に入っているんじゃん。僕もね、あの子には興味があるんだ。あの前世の不思議な記憶をもっと見てみたくて》

 猫のしっぽをくるりとさせて、ルネは微笑む。

 ブランシュの記憶から作り出したこの猫の姿は、なかなかにいい。下女たちもかわいいと言って餌をくれるし、ネズミだったときはすぐに追い出そうとしていた神官も、この姿には甘い。

《この僕でさえも知らない進んだ文明が、あの子の記憶の中にはある。もしかしたら、この世界をうまく回すための良いアイディアがあるかもしれないじゃない? だから、しばらくは目の届くところに置いておきたいんだよね》
《じゃあ、ここから出してあげられない》
《そうでもないよ。……こういうのはどう? 条件に合う、都合の良い男を探すんだ》

 リシュアンは自身の魔力を意識する。各辺境伯家にある水晶へと意識を飛ばし、情報を吸い上げ、必要なものを選んでいく。

《……あ、ある! ダヤン辺境伯家。新しい領主が、……来る》
《それだ。辺境伯家なら水晶があるし、君もブランシュと離れなくて済むだろ》
《そ、そうだな!》

 自分の中に目覚めたこの感情がなんなのか、リシュアンは知らない。
 だけど、自分の声を聞き、優しく話しかけてくれるあの子には、ずっと笑っていてほしいと思ったのだ。
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