働きすぎのお人よし聖女ですが、無口な辺境伯に嫁いだらまさかの溺愛が待っていました~なぜか過保護なもふもふにも守られています~
「辺境伯家ということで王家から支援金はいただいているが、今は自領だけで自領を賄えるような状態にはなっていないんだ。ただでさえ王都から距離があり、行き止まりの位置だ。交通の要所にはなりえない。せめて観光資源でもあればいいのだが」
「観光資源……」
ダヤン領でなければないものとはなんだろう。神の水晶は王都と辺境伯家にしかないが、まさか聖遺物を見世物にするわけにもいかない。
オレールがなにを不安に思っているのか、分かってきた。そもそも、領主になったばかりの彼は、領地経営そのものに不安を抱えているのだ。そこにブランシュを娶れという想定外の神託を得て、非情に困っているのだろう。
(なんとかして、お役には立ちたいけれど……)
《リシュアンに聞いてみればいい。辺境伯家の水晶を使えば、会話できるはずだ》
ルネの声が頭に響く。
「そうか!」
「ど、どうした?」
突然大きな声を出したブランシュをオレールは怪訝そうな顔で見る。
「あ、……すみません。思わず。えへへ」
しどろもどろになりつつ、ごまかすように外を見た。
今通っているのは、小麦の栽培地だ。多くの人が畑の草を抜いたり見回ったりと手入れをしている。
(領主が乗った馬車に少しの興味も示していない)
オレールはオレールで、難しい表情で自分の膝を眺めている。
それに、ブランシュは少しだけ違和感を覚える。
「……オレール様は、民の視察をなさったことは?」
「いや。領主になったばかりで、領土をめぐることすらできていない」
「先代はいかがですか?」
「数年、寝込んでいたから、ないだろうな」
ここまで領土内をめぐって、領民と領主の間に距離があるように感じたのは、そのせいかもしれない。
「あの……、落ち着いたら、領土内を見回ってみたいです」
「すまない。伯爵家とはいえ、わが領には余裕があまりなく、ゆっくり旅行をしている暇は……」
「そうではなく、視察がしたいんです。領民の暮らしを知らなければ、なにを改善しなきゃならないのかも、分からないのではないですか?」
ブランシュの言葉に、オレールは驚いたようにまばたきをした。
「だから、一緒に見に行きませんか」
オレールにはきっと、抱えている課題が多すぎるのだ。
だから、領民のことが見えていない。見ていないから、知らないのだ。彼らがなにを望んでいるかも。
「……さすがは聖女だな」
照れたようにそっぽを向き、オレールが独り言ちる。
「それと、私のことはそんなに心配しないでください。神殿の暮らしは質素なものでしたし、毎日の食べるものと着るものがあれば、後は好きに生活しますから」
どちらかというと、欲しいのは自由だ。とはいえ、役立たずの婚約者という立場は、ブランシュの精神衛生上よくない。
(私にできることは、必ずあるはずだわ)
「これからですね。頑張りましょう」
「ああ。ありがとう」
ブランシュの励ましに、オレールは口もとを緩める。
(ああ、笑うとこんな感じなんだ)
無口で怖い印象が強い彼だが、笑った顔はかわいくも思えた。
そんな彼を知ることが、ブランシュにはうれしくもあったのだ。