働きすぎのお人よし聖女ですが、無口な辺境伯に嫁いだらまさかの溺愛が待っていました~なぜか過保護なもふもふにも守られています~
* * *

 マリーズ・フィヨンは二十二歳。メイド長であるデジレの娘である。適齢期ではあるが、田舎暮らしの彼女にはめぼしい相手もおらず、独身である。

「え、あたしが、ですか?」
「ああ。年齢も近いし、君はこの屋敷のことに精通しているだろう。ブランシュがここにうまくなじめるよう、助けてあげてほしい」

 新領主であるオレールから頼まれたのは、神託で嫁に選ばれた元聖女付きの侍女となることであった。

「ちなみに、君、猫は平気か?」
「猫……動物全般なんでも平気ですけど」
「ならいい。彼女は猫を飼っているので、その世話も頼む。交代人員を選ぶのは君に任せる。選任後はデジレに伝えておいてくれ」
「はい」

 突然の抜擢に、マリーズは驚きを隠せない。
 今は婚約者という形だが、神託で決められた以上、ブランシュは次期辺境伯夫人だ。彼女付きになることは、出世以外の何物でもない。

「頼んだぞ」
「……はい!」

 マリーズは幼少期から屋敷で暮らしていたため、オレールのことも兄のダミアンのことも昔から知っている。
 子供のとき、ダミアンは神童だと言われていた。頭の回転が良く、よくしゃべり、愛想がいい。家庭教師が屋敷に来ていたが、いつも褒められていたように記憶している。マリーズにとっては初恋の人だ。

 比べて、オレールのことはあまり印象にない。年齢はオレールの方が近かったはずなのに、無口で、存在感がなかった。
領主夫妻も、跡継ぎとしてダミアンのことばかり表に出そうとしていたので、領民はオレールに対しては、なんとも思っていなかっただろう。

 だから、ダミアンが失踪したときは驚いた。あれだけ期待されていたのに、まさかいなくなってしまうなんて。代わりに騎士となって成功していたオレールが、その職を辞めてまで来たことには、もっと驚いた。

(まあ、誰かに継いでもらわなければ、働いているあたしたちだって、路頭に迷うものね)

 マリーズは気を取り直し、挨拶をするためにブランシュの部屋の前まで行った。扉が少し開いていて、ブランシュの話し声が聞こえる。

(あら、誰かいらっしゃるのかしら)

「せっかく得られた自由だもの。今までできなかったことに挑戦したいわ!」

 マリーズはぎょっとした。領主夫人になることを、自由ととらえる人などいるだろうか。

(え? 聖女様なんだよね? 大丈夫かな、この人)

 そのまま、声を殺して中をうかがう。

「なにをするかって? そうね。まずはこのお部屋を好きなように模様替えしようかな。自由に使っていい自分の部屋なんて初めてだもの」

 ブランシュは鼻歌まで歌い出す。
 せっかく次期領主夫人にお仕えするのだと張り切っていたが、この聖女様は、領主夫人となる意気込みも責任感も持っていないように聞こえた。

(なんか、嫌な気分だな)

「慈善事業なんてもうたくさん!」

 そのセリフが決定的となり、マリーズにはブランシュに対して不審感が湧き上がってしまった。

(聖女様だなんて言ったけど、実際は怠け者なんじゃないかしら。神託による結婚だなんていわれているけど、神殿から出たくて嘘の神託を伝えたんじゃないでしょうね)

 もはやなにを聞いても信じられそうにない。
 しかし、マリーズの仕事は彼女付きの侍女である。不快感を表に出してはならない。
 大きく深呼吸をし、こわばった顔をなんとか整え、マリーズは扉をノックする。

「失礼します。ブランシュ様付きの侍女となりました、マリーズ・フィヨンと申します」
「あら? そうなの。入ってくれる?」

 ブランシュは一瞬、バツの悪そうな表情をしたが、すぐに立ち上がると、聖女らしい楚々とした笑顔を見せ、ゆっくり頭を下げる。

「よろしくお願いします。マリーズ。私はブランシュ・アルベールです」
「はい。私ともうひとり、ベレニス・ラクロアのふたりでブランシュ様の身の回りのお世話をいたします。今日ベレニスはお休みをいただいておりますので、明日ご挨拶させますね」
「わかったわ。ありがとう」

 その微笑みは曇りなく美しい。

(こうしていると、嘘をついているようには見えない。どうやら、この元聖女は、態度を取り繕うのが上手みたい。もしかして旦那様は騙されているんじゃないかしら)

 不信感はどんどん膨らむ。

「あとこの子。ルネというんだけど、ペットとして飼いたいと思っているの。お世話をお願いできるかしら」
「ええ。旦那様よりうかがっています」
「みゃーご」

 ルネは猫らしく鳴いてみせる。

「……まずは猫用のトイレを用意しましょう。他にご用事はございますか?」
「いいえ。大丈夫よ」

 マリーズが部屋から出るまで、ブランシュは優しい笑顔を絶やさなかった。

(騙されてはいけないわ。彼女は要注意よ)

 マリーズの警戒心は最高潮に高まっていた
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