働きすぎのお人よし聖女ですが、無口な辺境伯に嫁いだらまさかの溺愛が待っていました~なぜか過保護なもふもふにも守られています~
 空を見上げれば青く、白い雲がうろこ状に広がっていた。高い位置で旋回しているのはトンビだろうか。

(なんだか、久しぶりに空を見上げたような気もするわ)

 大きく息を吸い込み、深呼吸をする。新鮮な空気が体中をめぐって、浄化してくれているようだ。

「いい空気ね。酸素が多いわ」
「酸素……?」
「あ! ええと、栄養がたっぷりの空気ねってこと」

 ここと前世では世界のありようが違う。大気中にあるのは生命エネルギーにもなる魔素で、これが失われると土地がやせ、人が生きられなくなる。

(魔素と酸素は似たようなものなのかしら。世界が違うと根本から変わるからわからないわね)

《酸素って君の世界ではどういうものなんだい?》

 頭の中にルネが話しかけてくる。

(人間の体を動かすために必要なものよ。魔素もそういうもの?)
《そうだね》

 前世とは違う世界だけれど、この国にもこの国の理がある。ルネいわく、この国を覆う結界は、魔素が外に飛び出さないように作られているらしい。魔素がなくなれば、人は生命を維持できなくなる。リシュアンも魔素を使って世界の情勢を把握しているので、結界が壊れてしまったら、もう国を維持できないのだそうだ。

「街は、結構にぎわっているのね」

ダヤン領は広い。しかしすべての土地が潤っているかというとそうではなく、繁栄しているのは領主屋敷がある街だけだ。山が多くあるものの、人手が足りず今は資源をもたらすものではないし、農地も領土規模の割には少ない。

(この土地にはなにが必要なのかしら)

 土地を観察し、人を観察し、領土繁栄のための糸口を、なんとかして見つけるのだ。
 神殿育ちのブランシュにはそんな知識はないが、咲良としての前世の記憶が、なんらかの役に立つに違いない。

(人生に必要か? と思っていた受験勉強も、今こそ役に立つかもしれないわ)

 ダヤン領にはあまり大きな川がない。そのせいで、大地にも栄養が足りないのだ。

(農地を増やすには、その前に治水整備を行わないといけないわ)

 その詳しい方法が分からなくとも、とっかかりさえわかれば後は専門家に頼ればいい。

(後は……そうね、まず人々がなにを考えているのか知りたいわ)

 マリーズと店を見回りながら、ブランシュは聞き耳を立てていた。

「領主様の代替わりでいったいどうなることかね」
「オレール様だろ? 不安しかないよ。ダミアン様はどこに行っちゃったのかねぇ」

 聞こえてくる噂話は、そんな声が多い。
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