働きすぎのお人よし聖女ですが、無口な辺境伯に嫁いだらまさかの溺愛が待っていました~なぜか過保護なもふもふにも守られています~
「ねぇ、マリーズ、どうしてみんな、オレール様のことを信頼してくださらないの?」
「オレール様は騎士様でしたからね。領地運営には参加されていませんでしたし、領民から見れば、よく知らないお人なのですよ」
「そう……」
それでも、オレールは必死に領地経営について学んでいる。一日中執務室から出てこないほどに。
(でも、それって優先事項なのかしら。それよりも、領民たちに彼の人となりを知ってもらう方が大事じゃないの?)
信頼していない領主がなにをやったところで、領民たちは白んだ目で見るだけだろう。
もちろん結果を出せば、彼は領民の信頼を勝ち得ることができるだろう。しかし、今の状態からそこにたどり着くまでに何年と時がかかる。
オレールがやるべきことは、完璧な領主になることではないのだ。この土地を愛していると、民のために尽くそうと考えていると、領民たちに伝えることだ。
互いに、遠巻きに見ているだけでは、問題は解決しないし、理解してもらうこともできない。
(そうよ。まずはオレール様と領民の距離を縮めなきゃ)
「お嬢さん、買っていかないかい?」
市場の人々は気軽にブランシュに声を掛けてくれた。
「あら、ここが痛んでいるわよ」
「この辺りじゃこんなもんだよ。いいやつは王都に出荷されるからな。ここで売られるのは型落ち品ばかりだ」
「そうなんですね」
たしかに、王都では高く買い取ってくれるのかもしれないが、新鮮さが落ちる分捨てる分も多くなるだろう。
「地産地消……」
ポツリと前世の記憶がこぼれだす。
前世でもいつのころからか地産地消が叫ばれるようになった。地元でいい値段で取引されるようになれば、輸送費をかけてまで遠くの王都に運ぶ必要もない。
「この領の売りってなんなのかしらね、マリーズ」
「やっぱり水晶ですかね。信心深い方々は、水晶を拝むためにお越しになりますよ」
「その割には、宿はあまりないのね。特産物だって、地元で出せばいいのに」
水晶で集客できるのはせいぜい周辺領だけだ。
観光という観点で見たときに、ダヤン領はインパクトが弱い。
ブランシュは、市場を見て回った。ダヤン領の人々は、朴訥としていて誠実そうだ。
(まるでオレール様みたい)
「……オレール様って、街の視察とかはしていないの?」
「さあ。私にはわかりかねます。就任以来お忙しそうにはしているようですが」
「そう」
《お前が誘ってやればいいじゃないか》
ルネが口を挟む。
「……そうね」
ここに来る前に馬車で言ったときは、頷いてくれた。もう一押ししてもいいかもしれない。
やりたいことを我慢しないと決めたのだ。それに、街の現状をよく知ることは、オレールにとってもいいことのはずだ。
「私、オレール様と一緒に街を見回ってみたいわ。帰ったらお願いしてみましょう」
「え、でも、オレール様はお忙しくて……」
「ただやみくもに机に向かっていたって、現状がよくなりはしないでしょう? 一日くらい、婚約者に付き合ってもばちは当たらないわ」
「それは……まあそうですが」
マリーズが怪訝そうだ。
実際、ブランシュという人間を測りかねているのだろう。
しかしこの際、わがまま娘と思われてもいいのだ。
(私が、オレール様にとっていいことだって思うことをすればいいんだわ)
不安そうな横顔は昔の自分に似ているような気がして、放っておけない。
その日は、市場と街のはずれまでを見て回り、領主館へと戻った。