働きすぎのお人よし聖女ですが、無口な辺境伯に嫁いだらまさかの溺愛が待っていました~なぜか過保護なもふもふにも守られています~
「出かけたい?」
「ええ。オレール様と一緒に視察をしたいのです。馬車の中でもお約束したじゃないですか」
オレールは困惑した様子だ。
「だが仕事が」
オレールは山積みになっている机の上の書類を眺める。
「こちらの書類は急ぎのものですか? そもそも、オレール様がひとりでやらねばならないものなのですか?」
「え?」
「オレール様は領主となったばかりなのでしょう? 専門知識のある補佐がいるのが普通なのではないですか? お父様が雇っていた補佐官はどうされたんですか?」
「それは、……どうなんだ? シプリアン」
オレールがちらりとシプリアンに視線を送ると、「実は……」と話し始めた。
もともと、前領主の補佐は、息子であるダミアンともうひとりの補佐官とが行っていた。
しかし三年前ダミアンが失踪し、すぐ戻ってくるだろうと補佐官を増やさなかったことにより、彼の負担が増した。加えて前領主が体調を崩すようになると、支払いが滞り始めたのだ。
仕事は多く、金は払われないのであれば続くはずがない。補佐官はやめてしまい、その後は引継ぎをする人間もおらず、執務は滞り続けたのだという。
「事情は分かりました。つまり、今はダヤン領の執務の全容を理解している人間がいないということですね」
「そういうことになるな。それで私が領主として……」
「ひとりでやるのですか? でもそれでは、膨大な時間がかかりませんか?」
強めの口調で言うと、シプリアンもオレールも言葉を無くした。
「お金がないにしても、補佐官は必要な人材です。他を削ったとしても、財源を確保して、人を雇い入れるべきではないでしょうか」
「なにも知らないくせに……っ」
オレールが怒気と共に立ち上がる。
余計な口出しをして怒らせてしまったかもしれないと思いつつ、ぎゅっと目をつぶって怒声を待ったが、続きはこなかった。
恐る恐る薄目をあければ、オレールは唇を噛み締めたまま黙っている。