働きすぎのお人よし聖女ですが、無口な辺境伯に嫁いだらまさかの溺愛が待っていました~なぜか過保護なもふもふにも守られています~
* * *
空は快晴。風も湿気が少なくいい気候だ。今日は、オレールと領内を視察するのである。
領主館の前でマリーズと共にオレールが来るのを待った。
「待たせた」
オレールは貴族服に身を包んでいた。ブランシュは、聖女らしさを意識した、白色のドレス姿だ。今日は前回のマリーズとのお忍びとは違い、領主夫妻として出かけるので、それなりに威厳のある恰好をしている。
ふたりでお出かけと思うとウキウキする。これも神殿にいてできなかったことのひとつだ。
「オレール様、今日は領民の皆さんの困りごとを聞いて回りましょう。そして、どんな改善をするといいのか尋ねてみるんです」
「領民に?」
「問題と一番身近に接しているんですもの。彼らが一番詳しいはずです。意見を聞くだけで解決の糸口を見つけることができますよ」
机上での仕事にばかりかまけていたオレールには、それは新鮮な発想だった。
「では馬車を回してまいりますね」
今日同行するのはレジスだ。彼がいると会話が弾むので、ブランシュとしても安心感がある。
「私は先日、街を見に行ったんですが、作物の多くは王都へ出荷されているそうです」
「そうなのか?」
「輸送費をかけたとしても、そちらに流した方が、実入りがいいということなのでしょう」
「そんなことがあるだろうか」
オレールは不思議に思ったが、ブランシュが嘘を言う必要もない。気になりつつも、その話はそのまま流された。
「行ってらっしゃいませ」
マリーズに見送られ、馬車は出発した。
街を抜けると、景色は一気に閑散とする。広大な平原が広がり、ところどころ家があり、そのわきに広い畑や果樹園などがあった。かと思えば、耕地が続いている区画もある。
「このあたりの農地の多くは地主の持ち物ですね。彼らに雇われている小作人が世話をしているのでしょう」
レジスが説明してくれる。
馬車はやがて果樹園を持つ家の前で止まった。
「こちらの果樹園ではリンゴをメインで栽培されています。周辺はわが領の小麦の生産の一番多い地区です。昔はご家族で視察にもいかれたのですが、覚えておられます?」
レジスに聞かれ、「そうだったか?」とオレールは小首をかしげる。
「オレール様は、口下手でしたからね。いつも兄君の背に隠れてばかりでしたもんね」
「何歳の頃の話だよ」
「十歳くらいじゃなかったですかぁ?」
レジスから聞かせてもらうオレールの話は新鮮だ。
「もっと聞かせてください」
「やめてくれ。面白い話じゃない」
「どうしてですか? 私は、オレール様のことがわかって、楽しいですけど」
素直に言えば、オレールは頬を赤らめて黙った。
「……ガキの頃はいじけてばかりだったから、ろくな話はない」
「今もじゃないですかぁ」
容赦なく胸に突き刺さるようなことを言うのはレジスだ。
だけど、側近が言いたいことを言える環境は大事だと思う。レジスの人柄もあるかもしれないが、オレールに寛容さがなければ、こんな側近は置かないだろう。
だとしたら自分も、彼とは二心なしに話し合える関係になりたいと思う。
「領主としていくのですから、笑顔が大事ですよ、オレール様」
「笑顔……?」
オレールがぎこちなくほほ笑む。これは逆に怖いかもしれない。報告書を読むときの表情の方が自然でまだ感じがいい。
「ぎこちないですね」
「……仕方ないだろう。笑うことなど……」
「なかったんですか?」
騎士だって、朗らかな人は朗らかだ。笑うことがない人などいない。
「俺は、……顔がいかついだろう。笑うと人を怖がらせるんじゃないかと思うんだ」
「誰がそんなことを言ったんですか」
オレールは自己評価が低い。ブランシュはここのところレジスや家人にオレールの昔のことを尋ねたが、皆共通していたのは、兄の陰で目立たないようにしていたということだ。
それでも一緒に騎士団を除籍してきたというエタンの話を聞けば、まじめで実直であることを上司はよく見ていて、だからこそ副団長にまで出世したのだとか。
(控えめなのは美徳かもしれないけれど、領主としては確かにどうかしらね)
ブランシュは聖女だ。別に目立ちたがりではないが、その肩書だけで人目は惹きつけた。
そして肩書があれば、ある程度楽に物事が進められることも事実なのだ。
オレールと領民を近づけるために、聖女の存在は一役買うに違いない。
(そう、使えるものはなんでも使うのよ)
空は快晴。風も湿気が少なくいい気候だ。今日は、オレールと領内を視察するのである。
領主館の前でマリーズと共にオレールが来るのを待った。
「待たせた」
オレールは貴族服に身を包んでいた。ブランシュは、聖女らしさを意識した、白色のドレス姿だ。今日は前回のマリーズとのお忍びとは違い、領主夫妻として出かけるので、それなりに威厳のある恰好をしている。
ふたりでお出かけと思うとウキウキする。これも神殿にいてできなかったことのひとつだ。
「オレール様、今日は領民の皆さんの困りごとを聞いて回りましょう。そして、どんな改善をするといいのか尋ねてみるんです」
「領民に?」
「問題と一番身近に接しているんですもの。彼らが一番詳しいはずです。意見を聞くだけで解決の糸口を見つけることができますよ」
机上での仕事にばかりかまけていたオレールには、それは新鮮な発想だった。
「では馬車を回してまいりますね」
今日同行するのはレジスだ。彼がいると会話が弾むので、ブランシュとしても安心感がある。
「私は先日、街を見に行ったんですが、作物の多くは王都へ出荷されているそうです」
「そうなのか?」
「輸送費をかけたとしても、そちらに流した方が、実入りがいいということなのでしょう」
「そんなことがあるだろうか」
オレールは不思議に思ったが、ブランシュが嘘を言う必要もない。気になりつつも、その話はそのまま流された。
「行ってらっしゃいませ」
マリーズに見送られ、馬車は出発した。
街を抜けると、景色は一気に閑散とする。広大な平原が広がり、ところどころ家があり、そのわきに広い畑や果樹園などがあった。かと思えば、耕地が続いている区画もある。
「このあたりの農地の多くは地主の持ち物ですね。彼らに雇われている小作人が世話をしているのでしょう」
レジスが説明してくれる。
馬車はやがて果樹園を持つ家の前で止まった。
「こちらの果樹園ではリンゴをメインで栽培されています。周辺はわが領の小麦の生産の一番多い地区です。昔はご家族で視察にもいかれたのですが、覚えておられます?」
レジスに聞かれ、「そうだったか?」とオレールは小首をかしげる。
「オレール様は、口下手でしたからね。いつも兄君の背に隠れてばかりでしたもんね」
「何歳の頃の話だよ」
「十歳くらいじゃなかったですかぁ?」
レジスから聞かせてもらうオレールの話は新鮮だ。
「もっと聞かせてください」
「やめてくれ。面白い話じゃない」
「どうしてですか? 私は、オレール様のことがわかって、楽しいですけど」
素直に言えば、オレールは頬を赤らめて黙った。
「……ガキの頃はいじけてばかりだったから、ろくな話はない」
「今もじゃないですかぁ」
容赦なく胸に突き刺さるようなことを言うのはレジスだ。
だけど、側近が言いたいことを言える環境は大事だと思う。レジスの人柄もあるかもしれないが、オレールに寛容さがなければ、こんな側近は置かないだろう。
だとしたら自分も、彼とは二心なしに話し合える関係になりたいと思う。
「領主としていくのですから、笑顔が大事ですよ、オレール様」
「笑顔……?」
オレールがぎこちなくほほ笑む。これは逆に怖いかもしれない。報告書を読むときの表情の方が自然でまだ感じがいい。
「ぎこちないですね」
「……仕方ないだろう。笑うことなど……」
「なかったんですか?」
騎士だって、朗らかな人は朗らかだ。笑うことがない人などいない。
「俺は、……顔がいかついだろう。笑うと人を怖がらせるんじゃないかと思うんだ」
「誰がそんなことを言ったんですか」
オレールは自己評価が低い。ブランシュはここのところレジスや家人にオレールの昔のことを尋ねたが、皆共通していたのは、兄の陰で目立たないようにしていたということだ。
それでも一緒に騎士団を除籍してきたというエタンの話を聞けば、まじめで実直であることを上司はよく見ていて、だからこそ副団長にまで出世したのだとか。
(控えめなのは美徳かもしれないけれど、領主としては確かにどうかしらね)
ブランシュは聖女だ。別に目立ちたがりではないが、その肩書だけで人目は惹きつけた。
そして肩書があれば、ある程度楽に物事が進められることも事実なのだ。
オレールと領民を近づけるために、聖女の存在は一役買うに違いない。
(そう、使えるものはなんでも使うのよ)