働きすぎのお人よし聖女ですが、無口な辺境伯に嫁いだらまさかの溺愛が待っていました~なぜか過保護なもふもふにも守られています~
 ふたりその後、農園の外に出た。広大な耕作地を眺めていて、ふと、ブランシュはキラキラと光る一角に目を留めた。

「あれは水を張っているのですか?」
「あそこは水田ですね」
「……コメを作っているのですか?」

 この国の主食は小麦だ。コメはめったに出てこない。

「ああ。コメは高温多湿を好む。うちの領土は山が多いだろう。そのせいなのかはわからないが雨が多く、生産には適しているそうだ。しかしコメはあまり利用法が広がっておらず、生産したところでどうすればいいのかという感じがするな」
「確かに、王都でコメはほとんど見ませんでした」
「炊いても芯が残って固いんだ。炊き込みの料理くらいでしか使われないな。王都から求められるのは小麦ばかりだ」
「そうなんですね」

 だったら、料理法ごと広めるべきなのだろう。

「私、お米食べてみたいです」
「そうか? では料理長に伝えておこう」
「はい」

 コメに関してならば、前世の知識を使うこともできるだろう。

(コメかぁ。いっそ珍しい食べ物を売り出してもいいかも?)

 ブランシュがわくわくしていると、遠くの方から悲鳴が聞こえた。

「うわあ」
「どうした?」

 瞬発的に、ブランシュの視界がオレールの背で覆われた。どうやらかばってくれたらしい。

「な、何事ですか?」
「しっ、身を低くして」

 オレールは真剣なまなざしで山林のあたりを見ている。
 そちらに目を向ければ、土煙が見える。近づいてくる生き物を見て、血の気が引いた。

「い、イノシシ……!」
「下がっていろ」

 レジスにブランシュを任せ、オレールは剣を引き抜き前へと出て、護衛に目配せをする。

「オレール様」
「右手から回れ、囲い込むぞ」
「はっ」

 執務中の優柔不断な様子などなんのその。彼は一瞬で状況を把握し、イノシシを仕留めるための指示を細かに出し始めた。ふたりの騎士が間を囲うように動き、あっと言う間にイノシシを追い詰める。

「ああ……俺の畑がぁ」

 イノシシに立ち入られた農地の持ち主は、肩を落としていた。
 イノシシは匂いが強く、入り込まれた畑の作物は、ほぼ駄目になると思っていい。前世でも同じように困っていた人をたくさん見てきた。
 オレールたちに捕獲されたイノシシを前に、ブランシュは思わず口に出していた。

「あのっ、それ、血抜きしませんか……!」
「血抜き?」

 間の抜けた声を出したのはオレールだ。

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