働きすぎのお人よし聖女ですが、無口な辺境伯に嫁いだらまさかの溺愛が待っていました~なぜか過保護なもふもふにも守られています~
 しかし、ブランシュの頭の中は、勢いよく考えがめぐっていた。
 ブランシュが死ぬ前に住んでいたところは、田舎で、害獣被害も後を絶たなかった。
 金網による柵も多くつくられたが追いつかず、増え続けるイノシシを駆除するのにもお金がかかる。そこで、イノシシの活用が盛んに謳われていたのだ。

 咲良が勤めていたのは、その意向を受けて建てられたジビエ専門店だ。ほかに皮や骨を加工する店もあった。
 地域全体で、増え続けるイノシシと、住民の畑を守るための活動が行われていた。

「早く血抜きをすると、おいしいイノシシ肉になります。骨は出汁を取るのに使えますし、皮は牛革よりも長持ちすると聞いたことがあります」
「君は一体……」

 オレールをはじめとする領民たちの怪訝な表情で、我に返る。
 この世界では、イノシシは害獣として扱われ、まだ誰も食したこともないのだった。

「……と、リシュアン様から聞いたことがあります」

 慌ててごまかしたブランシュに領民たちはわっと歓声を上げる。

「イノシシは、臭いから食べられないだろうと勝手に思っていましたが、食用にもなるのですか」
「ええ。しかし処理方法を間違えると臭みが出ます。まずは首の動脈……血管を傷つけ、血を抜くのがいいでしょう。その後皮を剥ぎ、肉を取り出します」

 人によっては顔をしかめている。
 しかし、命をいただくということは、そのすべてに責任を持つことだ。中途半端な偽善など、物の役にも立たない。

「私たちは、生きるため、畑を守るために彼らを駆除しました。であれば、いただいたその命を余すところなく活用することも大事なのではないでしょうか」

 考え方は、それぞれ。死してなおその体を有効利用しようなどという人もいるだろう。
 領民がどちらに転ぶかは、領主の意見に左右されると、ブランシュは思った。騎士として生きた彼は、おそらく名誉を重んじるタイプだろう。だとすればブランシュの意見は反対されるかもしれない。
 祈るような気持で、ブランシュは彼を見上げた。

「……新しい特産物にはなるかもしれないな」

 彼から飛び出たのは、意外にも前向きな言葉だ。

「近年、穀物の生産高が落ちているのは、害獣のせいもあるのだろう。それを捕獲するのは急務だと考えてはいた。その害獣を使ってなにかできるなら、試してみるべきだと思う。少なくとも今のままでは、領民の暮らしはよくならないのだから」

 彼の言葉に、領民たちは顔を上げた。

「俺たちの暮らしのこと……考えていてくださったんですか?」

 すがるような瞳に、オレールは一瞬たじろいだようにも見えた。

「ああ。だが俺には、どうすればいいのかまではわからなかった。聖女……ブランシュの意見は、一考するべきだと思う」

 領民たちは互いに顔を見合わせ、やがて顔を緩ませる。
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