働きすぎのお人よし聖女ですが、無口な辺境伯に嫁いだらまさかの溺愛が待っていました~なぜか過保護なもふもふにも守られています~
「そ、そうだよな。駆除したって、こいつを処分するのも大変なんだし」
「でもイノシシの肉なんて、本当に食べられるのかしら」
「それに関しては、私に任せてください。最初からうまくできるかはわかりませんが、方法だけならわかるので」
前世の知識といっても、咲良がしていたのは、調理の部分だけだ。肉はある程度捌かれた状態で入って来たし、調味料もここですべて手に入るかわからない。だけどせっかく戻った記憶も、ここに嫁ぐことになったことも、すべては神の思し召しだとしたら、試してみない手はないと思うのだ。
「オレール様、私に、イノシシを使った事業を後押しさせてもらえませんか」
真摯に願えば、きっと届く。オレールはそう思わせてくれる人だ。
彼はブランシュの前にひざまずくと、彼女の右手を取り手の甲へ口づけた。
「こちらの方からお願いしたい。君と神の知識でもって、わが領に救いをもたらしてほしい」
見上げられれば、ドキドキと胸が高鳴る。彼は不器用な人だと、レジスが言っていたが、多分時間がかかるだけなのだ。だってこんなにもいろいろなことを調べて、領民のためにどうすればいいかをずっと考えていたのだろう。それでなければ、名誉を重んじる騎士がこんな結論を出せるはずがない。
「君が居なければ、きっとずっとなにをすれば領民のためになるのか、分からなかった」
「……彼らのためになにかしたいというオレール様のお気持ちがなければ、私の言葉が形になることはありません。オレール様は、少し気持ちを言葉にするといいかもしれませんね」
「……そう……かな」
恥ずかしそうな、少し途方に暮れたような顔で、オレールが笑う。
二番目として生きてきた彼に、気持ちを聞いてくれるような人はいなかったのかもしれない。
そう思えば切なくもあり、自分だけはオレールの気持ちを聞き漏らさないようにしようと、ブランシュはひそかに思ったのだった。
こうして、ブランシュ主導の元、ジビエ料理の開発が始まった。
もともと狩り文化があるダヤン領では、イノシシ捕獲自体は、オレール主導で結成された捕縛隊がうまくやってくれた。しかし、難しいのが解体だ。牛や豚の解体業者に頼んでは見たが、勝手が違うのか今ひとついい肉にならない。
食べることに関しても、イノシシを食べる風習が今までなかったせいか、皆怪訝そうな顔をする。
あとは、皮の加工だ。ダヤン領にはそもそも皮のなめし職人がいない。
「他領から職人を引っ張ってくるのも悪くないと思います」
「そうだな。革細工の盛んなところはどこだろうか」
「リシュアン様に聞いてみましょうか」
言えば、オレールはぎょっとした顔をする。
「神はそんな問いかけにもこたえてくれるのか?」
「聞けば……ですけれど。リシュアン様は割と気軽になんでも教えてくださいますよ?」
「いや。調べればわかることは自分たちですればいい。レジス、革職人について調べてくれないか」
「かしこまりました」
てきぱきと指示を出していく姿は頼もしい。オレールは目的さえ決まれば、動くことには躊躇のない性格のようだ。それに、なんでもかんでも神頼みにしないところはとても好感が持てる。
「肉の加工については私にお任せください。いろいろ試してみたいので、厨房を借りても?」
「ああ、それは構わない。しかし、聖女の君が肉の……しかもイノシシ肉の調理法など思いつくのか?」
「それこそ、リシュアン様のご意見も聞きながらですわ!」
とりあえず、前世での知識を披露するときは、すべてリシュアンから聞いたことにしようと思うブランシュだった。