働きすぎのお人よし聖女ですが、無口な辺境伯に嫁いだらまさかの溺愛が待っていました~なぜか過保護なもふもふにも守られています~
 しばらくすると店内から怒鳴り声が聞こえてきた。

「なんだ? これは!」

 せっかくお客も入っているのに、店内の空気が悪くなる。嫌な予感しかしない。

「ブランシュ、俺が」

 オレールが出ようとしてくれたが、ブランシュは敢えて止めた。

「私が行きます。いきなりオレール様が出ると角が立ちますから」

 じっとしているように言い添えて、客席の方に向かうと、大柄の男の人が叫んでいた。

「イノシシなんかを食わせるなんて、なにを考えていやがる」
「お客様。すみません。どうかされましたか?」
「ああん?」

 男はぎろりと声のする方を睨んだが、相手が若い女性だと知ると、口端をにやりとゆがめて、スプーンを突き出した。

「新しい店だって言うから来てみれば、くっせぇイノシシを売ってるって言うじゃねぇか」
「ええ。そうですよ。イノシシをおいしく食べられるように試行錯誤を重ねて、ようやく出店と相成りました。ご来店ありがとうございます。どこかに問題がございましたか?」

 冷静な返答に、男は気圧されたように怯んだ。しかし、相手が若い娘と思ってか、気を取り直したように立ち上がる。

「イノシシなんて売り物にならねぇって言っているんだ」
「イノシシがお嫌なら、ご来店なさらなければよかったのでは? 専門店だと書いてありますよね?」

 あくまでも正論をぶつけると、男の怒りは頂点に向かったらしい。

「貴様ぁっ」

 突き出されたスプーンが床に投げつけられ、金属音が響き渡った。ブランシュの足が、自然に震えてくる。でもこんな男に怯えていると思われるのは嫌だった。

「辞めろ」

 低い声で、割って入って来たのはオレールだ。

「誰だ、お前は」
「俺を知らないのか? 自分の住む土地の領主の顔くらい覚えてほしいものだが」
「えっ、領主様?」
「そうだ。そして彼女は俺の婚約者であり、神の声を聞く聖女だ」
「はあっ?」

 男は、もう一度ブランシュを見て、途端に態度を変える。

「す、すみませんでした。聖女様だなんて知らず」

 しかし今さらへりくだられてももう遅い。ブランシュは許す気などなかった。

「おかしな話だな。聖女の言うことは聞けるのに、ただの女の話だったら聞けないと?」
「それは……」
「この店では、食べられるよう調理してイノシシ料理を出している。食べて合わなかったというならもう二度とこなければいいだけの話だろう?」

 オレールに責められ、男はだんだんタジタジになっていく。

「とにかく、難癖をつけたいだけなら出て行け」

 やがてオレールによって外に放り出された男は、入り口付近で呼び込みをしていたルネにも踏まれた。
< 77 / 122 >

この作品をシェア

pagetop