働きすぎのお人よし聖女ですが、無口な辺境伯に嫁いだらまさかの溺愛が待っていました~なぜか過保護なもふもふにも守られています~
「お言葉ですが、ダミアン様。オレール様の領主継承は、先代がお決めになったことです。決して、オレール様が勝手に行ったことではございません」
「それは俺がいなかったからだろう? こうして戻って来たんだ。俺が家督を継ぐのは当然のことだろう」

 シプリアンの言葉も、ダミアンには届かない。オレールも、固まって言葉が出せない様子だ。
 ブランシュも戸惑いしかないが、一度深呼吸をして気持ちを整えた。

「シプリアン。お義兄さまのお部屋は用意できる?」

 今、この屋敷の女主人は自分なのだ。今後どちらが当主になるにせよ、今采配を振るうべきは自分だ。

「それは……もちろんです。ダミアン様、いつごろまでご滞在ですか?」
「は? ずっとに決まっているだろう?」

 シプリアンの言葉に、広間の奥の方から失笑が漏れる。

「誰だ! 今、笑った奴は」
「失礼があったなら私がお詫びしますわ。失踪されていたというお義兄さまが突然お帰りになったのですもの。こちらにとっても、心の準備ができておりません。どうか、ご理解くださいませ」

 ブランシュがそつなく言い、オレールの袖をつかんだ。

「オレール様、どうしますか?」
「あっ、ああ。……とにかく、兄上もお疲れでしょう。今日の所はゆっくり休んでください。使用人たちにも本日は無礼講で楽しんでもらうつもりなので、兄上もできるだけ自分のことは自分で行ってください」
「はっ、なんだそりゃ。久しぶりに後継者が帰って来たっていうのに」
「今日は祭りです」
「あ、あのっ、私がお支度をします!」

 マリーズが手を挙げて言う。

「君はブランシュの侍女だろう」
「いいのよ。ではお願いするわね、マリーズ」

 オレールは不満をあらわにしたが、ブランシュはそれを許した。
 せっかくのお祭りの夜に揉め事を起こすのは本意ではない。

「行きましょう、オレール様」

 ふたり並んで、寝室へと向かう。後にした部屋からは、どよめきが聞こえてきた。
 
< 92 / 122 >

この作品をシェア

pagetop