今日は学校休んで君のところに行くつもり
ドアの開く音が風にのって聞えた。
物陰に隠れたまま静かにしていると、去川が目をつむった状態でこちら側の端の方へ歩いてきた。
「去川!」
私が呼ぶと、去川は驚いたように目を開けて、次に長谷川を見てもっと目を大きくした。
「どうして二人がここにいるわけ?どうやって入ったの?」
「さっき吹部がここで演奏してる隙をついて忍び込んだ。こいつが去川のこと心配だっつーから」
「……。屋上で音を鳴らすのは気持ちがいいだろうね」
去川は両腕を広げながら端まで歩いていき、全身に風をうけながら伸びをした。
「そうじゃないだろ。おまえはここに何しに来たんだよ?」
そう質問したのは長谷川だけど、去川は私を見た。
ま、まさか、今日こそ本当に飛び降りる気で……?
私は去川の横まで行き、裏門の木が見えるように下を覗き込んだ。
「木、とうとうハゲちゃったね」
「安心して。そんなつもりで来たわけじゃないからさ。僕はもう大丈夫だから」
去川はカーネーション色の夕陽を気持ちよさそうに浴びて、少し笑った。
「ただ、ここに立つと、死にたくなる発作のようなものが起きても、心が鎮まるんだ」
そして去川は端の段に、天国への階段のような段差に足をかけた。
「二人に言ってもわからないだろうけど、 帰りたいと思う家がないとき……極限状態のときにここに立つとさ」
段の上にのった去川は、深く息を吸って、吐いて、「僕の本当の家は、居場所は、ここにあるって感じるんだ」とほほ笑んだ。
帰りたいと思う家がない、本当の家、というのが、私にはわからなかった。
いつも、息をするように自然に、当然のように家に帰っているから。
もしも自分が親から愛されていなかったら、ほったらかしにされていたら、どうだろう?
学校から家に帰ることが当然のことではなくなるかもしれない。
家に自分の居場所が無い、かといって他にどこに居場所があるんだろうか。
友達に頼れるかな?
『家族と仲が悪い可哀想な子』というレッテルを貼られたくなくて、言えないかもしれない。
「屋上が家になるの?」
「そうだよ。自分の居場所なんて、無いなら無いで、もういいやって」
それって……。
唯一、誰の居場所も存在しない空間が、あるじゃないか──────
そこは息苦しさすら感じられない、酸素すら無い場所だけど──────
「狂ってる。寿命はまっとうしろっての」
お構いなしに長谷川が言った。
「狂気だろうとなんだろうといいんだ。僕はここが好きなんだよね。限界状態の心には、ここが必要なんだ。息が整う」
コンクリートでできた生と死の境界線に立つ去川は、たしかに落ちるどころか飛びたっていけそうなエネルギーを充電しているように私には見えた。