今日は学校休んで君のところに行くつもり
「おまえ、親に無視されてんだって?俺には羨ましい話だぜ。うちの親は過干渉でうぜぇってのに」
「ごめん、去川。長谷川には少しだけ話した」
「気にしてないよ」
長谷川は壁をドンドンと蹴りながら話を続けた。
「俺の親は離婚しててアイツ……母親が他県にいんだけど、毎週月曜の夕方に必ずポストに母親から手紙が届いてんだよ。拝啓『お変わりなくお過ごしのことと思います』って書くくせにな。月曜は軽く頭痛」
「長谷川くんも毎回返事を書いてるの?」
「そりゃそうだ」
「いやなら返事するのやめたらいいじゃないか」
去川が段に座りながら言った。
間違ってお尻がずり落ちてしまったらどうする気だ。
後ろに真っ逆さまに落ちちゃうぞ。
でも、体操座りをしている去川の長い脚は脚立のように安定して地面についていた。
「返事しないだって?バッカ。会いに来られたらどうすんだ」
「でも、この21世紀に手紙ねぇ。せめてメールにしてもらったら?」
「バッカ。そんなことしてみろ。毎日届いたらどうすんだ」
「嫌いならそう伝えればいいじゃないか」
「小遣いくれる相手に言えるか?」
壁を蹴るのをやめて、長谷川は去川を見た。
「親っていうのはそういう存在。相手にされてもされなくてもどのみちウザいんだ。上手く活用できるときを逃がしちゃいけねぇぜ」
ニヤリと長谷川は笑ってみせた。
それは甘えたことぬかすなよ、と挑発するような物言いで、でも去川は珍しいことを聞いたぞ、というようにゆっくりと頷いた。
「よし。わかったら今すぐその段から下りろ。んで二度と光部の家に行くな。……迷惑だってよ」
「はぁ?そんなこと言ってないでしょう!」
「そうだっけ?」
すっとぼける長谷川に「言ってない!」と強く否定してから、すぐに去川に向かって「言ってないからね?」と念を押した。
私は下の景色を見ないように気をつけながら去川の横に座り、「どうして今日は学校に来たの?」ときいた。
「気分」と去川はあっさりとこたえて、「君のとこに家出したから気分転換できたんだよ。ありがとう」と礼を言ってくれた。
「家出ではないでしょ。ま、よかった!どういたしまして」
長谷川がまた壁を蹴りつけながら、「気分っておまえなー、自由すぎ。学校はちゃんと来いよな」と言った。
「どうして?」
「あ?勉強するためだろ」
自宅学習でいいじゃないか、
社会性が身につかないんだよおまえみたいにな、
休む理由なんて行く理由に比べたら大事じゃないのに休むと悪目立ちするのはおかしい、
おかしくねぇし、
云々……。
二人の言い合いを聞いていると、『今日は学校休んで君のところに行くつもり』という、ここのところ毎日去川から届くメールが、ふと心に送信されてきた。
そんな気分になる日があるのは、ふつーなんだよね。
家庭環境なんてみんなそれぞれ違う。
それなのに、土日は休みですって一定のリズムをとってみんなで止まって、月曜日になったらまたみんなでそろって歩いてさ。
「休息のタイミングなんて人それぞれでいいじゃんね。疲れたらまたうちに来ていいから」
「まじ?ありがてー」
「長谷川に言ったんじゃないって」
「まじ?ひでー」
私の隣に長谷川が座ると、三人の影が山脈のようにつらなった。
「このまま『せーの』で三人で後ろにひっくり返ろうか」
去川が言った。