今日は学校休んで君のところに行くつもり
すかさず長谷川が繋ぎとめるように私の手を取った。
去川はアハハと笑いながら「冗談だよ」と言った。
「ふざけんなよ。冗談に聞えねーんだよ!」
「ほんと!やめて!」
「ごめん。僕はともかく、二人が死んだら悲しむ人がいるよね」
長谷川はともかく、私とはせっかく友達になったのにそういうこと言うんだ。
同じクラス、というただのいちクラスメイトとしての関係性ではもうないでしょ。
そう思ったけど、去川にとっては、私も長谷川も他の子たちと同じ、ただの固有名詞のひとつにすぎないのか。
「私は去川が死んだら悲しいって」
「俺は別に悲しくはないな」
こいつ。まだ繋いだままでいた長谷川の手をはらった。
「クラスのみんなだって悲しむよ」
「それはどうかな?」
本当にそうは思えない、という表情で去川は首をかしげた。
「なんでわかんないの?クラスのみんな全員、かけがえのない存在じゃん。誰が死んでも悲しいって」
「その、かけがえのない存在ってよく聞くけど、意味がわからないよ。例えば、うちの一年一組の教室。その中身は退屈な授業を受ける十六歳が三十人。僕たちはその何十人といる生徒のひとりにすぎない。かえなんていくらでもいるよね」
「おまえ本気で言ってんのか?」
「え?長谷川くんも思わないの?」
私を挟んで二人が顔を見合わせるから、「あのさ」と私は口をはさむ。
「去川はみんな同じに見えるってわけ? 私と佐山も同じに見える?」
「だって、国も性別も歳も同じどころか学力すらほぼ同じだよね。クラスも一緒で座標的にもほぼ同じ。悠久の時の流れから言っても二人は誕生も死去もほぼ同時、これはよく言われることだけど」
「それ言うの天文気象部だけだって」
「ぜってーそう」
ミクロで見てよ。
他の子と一緒にしないで。
なんかムカつくな。
私は自分の磨き上げた綺麗な爪を見せびらかすように去川に差し出した。
自分のチャームポイントといえば爪の形、色、ツヤが良いことなんだ。
「私の爪を見てよ。ピカピカでしょ!決して同じじゃないよ。女子みんな、微妙に形とか違うし。同じ子なんて誰一人いないんだよ。かけがえのないって表現はそういう些細なことでいいんだよ」
「そうだぞ。おまえみたいなひねくれ者と俺を一緒にすんな」
去川はまた珍しいことを聞いたぞ、というようにゆっくり頷いた。
「さっきの僕の意見は訂正するよ。希少価値という点ではなくて、個性という点において確かに僕たちはかけがえがないね」
「それわかってんのかわかってないのかわかんないけど。とにかく去川は誰にとっても唯一無二の人なんだから、そんなこと言うもんじゃないよ」
私は少し腹が立ったみたいで、「あと、悩むことないことで悩んだりしないで。……心配になる」と叱るように、頼むように言った。
「光部……」
横を向くと、長い前髪の奥からのぞく去川の潤んだ瞳が思ったより近くにあって、背中側ががら空きなことを忘れて身を引きそうになった。
「な、なに?」
「僕、頑張って生きようと思う。大学生になったあとも」
「約束ね」
「たまに光部の家に行くと思うけど」
「歓迎」
「今度デートに誘うから」
「りょうか……え?」
でーと?と聞き返したのは、私よりも長谷川の方が早かった。
去川は「メタルバンドのライブなんてどう?楽しみだな」と言い、「行こう」と立ち上がった。
それが一瞬、「生きよう」に聞こえて、私は「うん!」と返事をした。
意味的にも似ているな、と思う。
行くことは生きることで、生きるためには必ずどこかへは行かなくてはならない。
そのとき目的地がなくてもどこかには辿り着くように、理由なんかなくても生きてりゃいいんだよ。
突然、長谷川が鳥の糞だらけで汚くなっている上履きで去川の脚を軽く蹴った。
「見つめ合ってんじゃねぇぞ、おまえら。俺がいること忘れんな」
形のいい頭を揺らして、去川が笑った。
学校に、生きてる世界に、おかえり去川。