今日は学校休んで君のところに行くつもり
「ねー、去川。なんで学校休んでたの?」
私たちはちゃんと毎日登校していたのに、なぜあなただけは許されるの?
そんな言外をにおわせて、学級委員長の佐山がきいた。
みんなの視線が去川に一点集中する。
それは授業中に先生に集まる視線よりもずっと鋭かった。
頬杖をついて窓の外を退屈そうに見ている去川。
その後ろ姿を、私は何列か隔てた席から息をひそめて見ていた。
「光部は知ってんだろ?ほんとの理由、教えろよ」
うるさいな、とまた耳にあてられた筒のノートをはたいて、長谷川を睨んで黙らせた。
「ブリタニカ国際大百科事典が落ちてきたんだ」
心底めんどくさそうな声を出して、去川が佐山の方を向いて言った。
「……どこに?」
「ここ」
去川は人差し指で自分の頭を指さした。
綺麗な形をした頭部だな、と見惚れた人がいたかもしれない。
少なくとも、私は気に入っている。
「ど、どこから?」
「空から」
空から頭にブリタニカ国際大百科事典が落ちてきた。
それはそれは大ケガを負ったよね、でもその綺麗な頭には包帯が巻かれていないぞ。
学校を休む言い訳としては相応しくない、現実的にありえない、荒唐無稽な話だ。
「脳天を直撃して痛かったんだよね」
ひょうひょうと言ってのける去川に、佐山は「よく無事だったね」とだけ言って、体ごと去川に背を向けた。
それは、本当のわけを聞かないかわりに助けてあげないよ、という意思表示だった。
だけど去川は、
「『やべ、僕死んだかも』って思ったよ。海で足つって死ぬ、そういうどうしようもない死に方だけはごめんだったのに、それ以下じゃんって」
と、まるで自分の嘘を佐山に投げつけて泥団子にでもしたいのか、早口でまくし立てた。
でも、誰かが「石頭」とツッコむと教室がどっとわいて、空気は一転した。
それからは誰も追及しなくて、去川が教室に入ってくるまでのカフェのようなおしゃべり空間に戻った。
「光部。俺には教えてくれるよな?親友だろ」
ほら早く、というように、長谷川が筒のノートをマイクのように前に出してきた。
長谷川とは同中で、同じ高校に進学してからもずっと同じクラス、かれこれ四年目の付き合いだった。
男友達の中では一番仲がいいし、信頼のおけるやつだ。
そういえば、入試の勉強も面接練習も、一緒に頑張ったことがあった。
「たしかに長谷川は親友だよ。 けどな……」
本来ならこの話、去川の七日間不登校問題は先生に言うべきなんだろうけど……。
私はノートを受け取って、筒の中に声を閉じ込めるようにして言った。
「誰にも言わないって約束してくれる?」
「もち」
長谷川の人差し指と親指で作られた輪っかを見て、この学校を受験した日のことを思い出した。
あのときも長谷川は、こんなふうに手で輪っかを作り、『俺たちなら合格できる』って約束してくれたな。