今日は学校休んで君のところに行くつもり
先週の月曜日、暗雲が垂れ込める夕刻のことだった。
私は下校時刻ギリギリまで図書室で勉強していた。
その帰り、重い鞄を提げて四階の廊下を歩いていたとき、上からガチャン!という大きな音が聞えた。
まるでドアが風で勢いよく閉まったような音に、屋上という存在があることを思い出した。
普段は鍵がかかっていて立ち入り禁止の場所。
……気がつけば、階段を上り屋上のドアを開けていた。
「ほんとにあいちゃったよ。あっ」
世界の終末かのように沈みかけた太陽をバックに、端で仁王立ちしている去川がいた。
今にも風に背中を押されてしまいそうだった……。
一緒のクラスでしょっちゅう目にしてるってのもあるけど、手足が長くて頭が小さいそのスタイルの良さは、こちらに背中を向けていてもよくわかった。
「危ないよ。なにしてるの?」
風に吹かれるビニール袋みたいにワイシャツを膨らませている去川が振り返った。
前髪で隠れた目元を手櫛でかき上げて、「君……、光部か」と呟いた。
その陰鬱そうな表情を見て、これまで教室で笑っていた彼の面影が消え去った。
胸がざわついて、私は去川と正反対の表情をつくって両手を差し出した。
「と、とりあえず、こっちにおいで」
だって、そこ。
もう一歩でも踏み出したら─────
宙だ。
「君がこっちにおいで。あれ、見てみてよ」
「なに?」
指されている方へ歩いていくと、ただ裏門が見えるだけだった。
「どれ?」
「イチョウの横の木。奥から三番目の木なんか、あと数枚しか葉が残ってない。あっ、落ちたね」
風が吹いて、枯れ木から一枚、葉っぱが落ちた。
暗いし遠いしよく見えないけど、落葉がなんだってんだ。
私は頭を引っ込めて、下を覗き込むのをやめた。
高所恐怖症ってわけじゃないけど、15メートルくらい上の方から見下ろすのが怖かった。
「あっちの葉は風にのることもなく地面に落ちたね。あんな感じで僕もこの世から去りたいな」
「……」
「最後の一枚にあわせて、僕もおち」
「まった!」
私は去川の手を自分の方に引っ張って、屋上の端を囲っている段から下ろした。
「何があったの!?死んだりしちゃダメだよ!と、とにかく、座って」
足の踏み台にしていた段に背をもたれさせて、二人で座った。
私は手錠でもかけるみたいに去川の手首を持ったまま、「嫌なことあったんでしょ?聞いてあげる」と言った。
「別にこれといってないけど。まあ、空がいい感じに暗いから、そんな魔が差したのかもね」
空の色次第で死にたくなるか?
そりゃさ、空模様がそのまま心の気分に反映されるときはあるけども。
天気が悪くて月星が雲に隠れて光の見えない夜とか、学校に行くときに雨が降っているとか、そういうときは数ミリくらい気分が沈むよね。
「ほんとに、それだけで?」
「んー」
去川は天を仰ぐように顔を上げて目を細めた。
「あとは、単に生きることに疲れたから。学校も勉強もめんどうだし、人間関係もうざいことだらけ」
「あー、そういうのか。日々の疲れがピークに達したわけだ。去川さ、明日は学校休んだらいいよ!」
「……」
「そうでしょ?明日は休み、ね?そうするべき!な、なにもさ……」
シヌコトナイ。
去川の手をギュッと握ってみると、握り返すかわりに、「急に死にたくなるときってない?」と質問された。
「えっ。ないないない」
あ、でも。
私はぶんぶん首を横に振るのを止めた。
人前で、ティーバッグのことをティーバックと言ってしまったり、トランクのことをトランクスと言ってしまったり、ちんすこうのことを......。
赤面ものの言い間違いをしたときは、死にたいって思うな。
でもこういうのって、穴があったら入りたい程度で、だいぶ違うような。
「僕には生きる理由がないから、そういう時があるんだよね。生きる理由がわからない」
去川はそう言って、私の手を払った。