今日は学校休んで君のところに行くつもり





五日目の夜。
去川は自分の家のことについて話し出した。



『ネグレクト』という言葉を初めて聞いた少年期、それはまさに自分の親のことだと自覚した。
それから今日までずっと、どうして自分は生まれてきたんだろう?という疑問に囚われてきた、と。



「毒親を持つと、後ろ向きで前を歩くような人生になる」



去川がベッドに横になると、マットレスのスプリングがきしんでギィィと音を立てた。



「ネグレクトって育児放棄って意味だよね?うちも軽くそうかも。お弁当作ってくれたことないもん。いっつも購買」



私も床に寝っ転がった。
天井に貼ってあるモノクロのポスターに写る男たちと目が合った。
逆立った金髪にごついブーツを履いた五人組が、チェーンにからまった姿で写っている。
もしも去川がグレたらああなるのかな、と一瞬ヘビメタファッションの彼を妄想して、私はこっそりと笑った。



「君も購買組なんだ。あのなかで一番うまいのはカツサンドじゃない?」
「それな!」
「僕ん家リビングにクモの巣がはってるんだけど、君の家は?」



さすがにそれはナイナイ、と手を振った私に、去川はクックックッと自虐的に笑って、「本当にサイテーな親ってのはさ、子供から信頼されない親だね」と言った。



私は、信頼してる。
自分の家のリビングを思い出してみる。
すぐに家族四人の顔が浮かんだ。



弟がテレビの前にあるソファの背もたれに片足をのせて、リモコンでザッピングしながら屁をこいて、それをお母さんが注意して、そしたらお父さんが仕事から帰ってきて、手にはコンビニスイーツ4個を袋からぶら提げている。
もちろんクモの巣なんかはってない。



当たり前のことが当たり前じゃない子もいるんだ……。
学校から帰ったら自分の部屋に閉じこもってリビングにはいかない、そんな去川みたいな子が。



家庭の内情っていうのは、聞こえのいいものばっかじゃないよね。
起き上がって去川を見ると、口角が下がって白目が濁っているように見えた。



「僕、高校卒業したら親とは真っ先に縁を切る」



全寮制の大学か、一人暮らしせざるを得ないくらい遠くに進学するんだ、と寝たまま拳を上げた。



「そうしなよ」
「ずっとそうして生きてきたんだ。目標を立てて、逆算して、それを達成するまでは死なないって決めてさ、死ぬのを先延ばしにしてきた。中学の時は高校受験、高校生になったら大学受験ってわけだね」



去川が起き上がってCDをとめた。



「そろそろ帰るよ。あ、猫だ。ブチネコ」



わざわざ窓を開けて前のめりになる去川に、私はとっさに「危ないよ。窓から落ちる」と言い、毛玉がつきまくった彼のセーターを掴みながら、「猫好きなの?」ときいた。



「まあね。僕は一人っ子だから、親が不憫だと思ったのかなんなのか、稀にみる温情で、『姉弟つくれないかわりに飼っていい』って」
「あるじゃん好きなもの!」
「この前死んだよ。……11年間も僕なんかのところにいて、かわいそうな子だった」



教科書が入ってなさそうな、中でペットボトルだけが転がる音がする鞄を持ち上げて、去川は部屋を出た。



私は慌てて「家まで送ってあげる!」と追いかけたけど、結局、 「一人暮らしする目標を立てたから大丈夫だって」と言われて、駅前で別れた。



そんなこと言って、着々と自殺の準備をするために身辺整理をしてたりして。
客観的に見て、救命胴衣をつけて溺れているような状況であることに変わりはない。



駅までの道すがら、散歩している犬を見て去川は、「犬はいいな。飼い主が嫌いで家出しても、保護されて違う家の子になれる可能性があるもんね。野犬狩りに捕まらず、野良犬になった方が幸せかもしれないけど」なんてことを言って、私をすこぶるビビらせた。




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